堂安選手は「快刀乱麻を断つ」シュート!? サッカーワールドカップ観戦記で学ぶワンランク上の言葉使い

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 歴史的勝利となったワールドカップ対ドイツ戦。前半のドイツの優勢の展開が、ハーフタイムをはさんでからは一転、サッカー日本代表は後半に2点連取し、貴重な勝ち点3を獲得した。

 ところで、勝ち負けを競うスポーツの観戦記では、史書や兵書、軍学書などに登場する戦争にまつわるボキャブラリーを使うことが多い。そのような言葉を使いこなすことにより、緊張感あふれる試合の様子をぴったりと表現できるからだ。

 そこでひもといてみたいのが、テレビのコメンテーターとしても活躍する評論家、宮崎哲弥氏の最新刊『教養としての上級語彙』。宮崎氏が中学生の頃から、本や雑誌、新聞に出てくる未知の言葉をコツコツとメモして作成した「語彙ノート」の中から500語を厳選し、その意味と使い方を解説した本だ。

 その中には、諍い、争い、戦い、戦争、軍事に関わる“上級語彙”を集めた章がある。これらの言葉を使って、日本対ドイツ戦の観戦記を書くとどうなるだろうか。以下、同書を参考に作成した観戦記を掲載する。

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強豪たちと「干戈を交える」

 サッカー日本代表は、カタールで開催されているFIFAワールドカップに出場している。日本が属しているグループリーグはE組。この枠には、優勝候補にも数えられるスペイン、4度の優勝経験がある強豪ドイツ、中米の雄コスタリカがいる。日本チームはこれら3チームと「干戈を交える」わけだ。

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●干戈(かんか)を交える……武器をもって交戦する。戦闘する。実戦する。戦う。

※「干戈」は「干(たて)」と「戈(ほこ)」、つまり古代中国の武器である。「交える」の他にも「干戈を執る」「干戈を動かす」「干戈に訴える」「干戈に及ぶ」「干戈を収める」などの用例がみられる。

《この両名は秀吉と干戈を交えた敵手であり、現在は秀吉の麾下に属しているが、いつ異心を現すか、天下万人の風説であり、関心だ》(坂口安吾『二流の人』)

※「麾下」はその人(ここでは秀吉)の指揮下にあること。「敵手」はライバル、「異心」は謀反の心、ふたごころの意。
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 サッカー選手が実際に「干戈」といった武器を使って戦うわけではない。あくまで比喩的な表現だが、こう使ってもおかしくないだろう。ただ歴史的には、中米でサッカーの勝敗が国家間の戦争に発展してしまったこともある。それだけ、サッカーは国の威信をかけたスポーツなのかもしれない。

「組んず解れつ」の主導権争い

 試合開始のホイッスルの後、最初は「組んず解れつ」のボールの取り合い、お互い相手の出方を見ながら、時折、ゴールを狙う展開となった。

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●組(く)んず解(ほぐ)れつ……取っ組み合ったり離れたりして、激しく争い合うさま。「組んず解れつの大喧嘩」

《それからそれへと纏まりのない思想の断片が脳中を組んず解れつした》(谷崎潤一郎『The Affair of Two Watches』)

※谷崎は〈組んず解ぐれつ〉を比喩的に使っている。
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「気圧されて」失点、サムライジャパン「佇立」

 だが、次第にドイツのボール保持率が高まり、日本は防戦一方に。ドイツの攻勢に「気圧される」ことになった。そして、33分にゴールキーパーの権田修一選手によるファウルで与えたペナルティーキックを決められ先制されると、日本イレブンは呆然とピッチに「佇立」することに。

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●気圧(けお)される……相手の勢いに押され、精神的に圧倒されること。全体の雰囲気にひるんでしまうこと。「あまりの剣幕に気圧された」

※「キアツされる」ではない。

《彼は、予想以上に立派な邸宅に気圧されながら、暫くはその門前に佇立した》(菊池寛『真珠夫人』)

●佇立(ちょりつ)……しばらくの間、その場に立ちどまること。佇(たたず)むこと。
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森安監督の「妙策」的中

 しかし、ハーフタイムをはさむと様相が一転。後半、森安監督の「妙策」によって、布陣をより攻撃的なものに変えると、その戦術が的中する。

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●妙策(みょうさく)…よく練られた巧妙な術策。非常にすぐれた方策。「妙策を案じた」「これは一石二鳥の妙策だ」
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 1点ビハインドで、このままグループ落ちの危機に瀕し、残り2戦で決勝トーナメントに出られるか出られないかの「死線」をさまようかと思いきや、

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●死線(しせん)……生死のボーダーライン。死ぬか生きるかの境目。「死線をさまよう」「死線を越える」「死線をくぐる」

※もともとは捕虜収容所の周囲に設けられた限界線の意。この線を越えれば、逃亡を図ったと看做され、銃殺に処せられた。まさに生死の境だ。

《黄河の畔から、ここまでの間というものは、劉備は、幾たび死線を彷徨したことか知れない》(吉川英治『三国志 桃園の巻』)
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「逸散に」敵陣突破の浅野シュート

 新たに投入された堂安、浅野、三笘薫選手らが、前半の重苦しいゲーム展開はなんだったのかと思える動きを見せる。そして、「快刀乱麻を断つ」堂安のシュート。

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●快刀乱麻(かいとうらんま)を断つ……よく切れる刀(快刀)がもつれた麻糸(乱麻)をも断ち切るさまから、紛糾している事態や込み入った問題を鮮やかに解決すること。単に「快刀乱麻」ともいう。「快刀乱麻を断つがごとき名判決だ」「快刀乱麻の〈妙策〉」

※本来なら「快刀、乱麻を断つ」と表記すべきところ。〈綺羅、星の如く〉〈間、髪を容れず〉などと同じで読点が消失し、意味の切れ目がわかり難くなっている成句の一つ。
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 堂安の同点ゴールに続き、浅野が「逸散に」相手ゴールにドリブル、見事、逆転のシュートを決めた。

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●逸散(いっさんに)……脇目もふらず、ひたすら急いで。一目散に。「逸散に駆け出した」「帰宅するや、一散に犬が飛んできた」
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コスタリカ戦は予選突破の「天王山」

 結局、この後半38分に浅野選手が決めた得点で勝ち越し、日本は決勝トーナメント出場に向けて大きな勝ち点を手にした。攻撃的な戦略を採ったことから、絶体絶命のピンチを逃れて「血路を開いた」形となった。

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●血路(けつろ)……敵の囲みを切り抜けて、逃れる道。転じて、困難な状況から脱する方途や手立て。「血路を開く」「血路を求める」

《とにもかくにも、そんな生活をいつまでも続けているわけにはいかなかった。何とかして窮迫した生計の血路をひらかなければいけない》(太宰治『十五年間』)

《いっぽうの血路をやぶって、いっさんににげだした》(吉川英治『神州天馬俠』)
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 27日に行われるコスタリカ戦で勝てば、グループリーグ突破がほぼ確実となる見込みだ。この第2戦は日本チームにとってカタール大会の「天王山」となるだろう。

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●天王山(てんのうざん)……勝敗の分れ目。運命の分岐点。

※京都盆地の西側にある小さな山だが、戦略上の要所だった。1582年(天正10年)山崎の戦いで、羽柴秀吉の軍勢がこの山を占拠し、明智光秀の軍を撃破する。この故事から「勝負の分れ目」という意味を帯びた。

《夏には政権にとって天王山となる参院選が控える。(「オミクロン攻防 岸田政権の120日(4)リスクはとらない『自然体』」朝日新聞2022年3月26日付け朝刊)》
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 第2戦の日本チームの活躍をまた期待したい。

デイリー新潮編集部

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