これから観ても遅くはない「秋ドラマ」三選

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 秋ドラマが中盤を迎えた。プライムタイム(午後7時~同11時)には連続ドラマが15本並んでいる。見応えのある作品が多い。その中から、特にお薦めしたい3作品をご紹介する。これから観ても遅くはない。

フジテレビ「エルピス-希望、あるいは災い-」(月曜午後10時)

 大洋テレビのアナウンサー・浅川恵那(長澤まさみ[35])と若手ディレクター・岸本拓朗(眞栄田郷敦[22])が連続殺人事件の真相を追う物語。

 もっとも、それは目立つA面だ。同時進行で描かれているB面では恵那と拓朗が本当の自分に辿り着くまでが描かれている。

 A面で恵那と拓朗が追っている事件は2004年から2006年まで10代の女性3人が殺されたもので、元板金工の松本良夫(片岡正二郎[60])が犯人ということになった。死刑が確定している。だが、2018年になった現在、恵那と拓朗は冤罪だと信じている。

 松本が拘置中の現時点で同一犯と見られる第4の事件が起きたことから、捜査を担当する神奈川県警も冤罪だと思い始めたようだ。このため、第4の事件をまともに調べようとしない。松本が犯人でないと困るのだ。

 松本が冤罪だったら、捜査幹部らが厳しい処分を受ける。それより深刻な問題がある。誤認逮捕せず、真犯人を捕まえていたら第4の犯行は防げていたわけで、同県警は世間から袋叩きに遭う。

 警察は身内意識が極めて強い組織だ。だから、元警察庁長官で副総理の大門雄二(山路和弘[68])は恵那の元恋人で政治記者の斎藤正一(鈴木亮平[39])を通じ、真相追求の動きを封じようとしている。

 B面は恵那と拓朗の再生。恵那は12年前の入社時、信頼されるキャスターを目指したが、空気に流され、ステレオタイプの凡庸な女性アナになってしまった。

 恵那は間違っていたことに気づき、過去の自分と決別しようと思い、断捨離までしたが、道半ば。気持ちが揺らぎ、自分から別れた斎藤との肉体関係まで復活させてしまった。恵那の真相追求を潰そうとしている斎藤の企みにも気づいているのに。

 一方、拓朗は名門大附属中2年の時、級友が酷いイジメに遭いながら、自分までイジメられることを恐れ、見て見ぬ振りをした。やはり空気に支配されていた。

 その結果、級友は自死。連続殺人事件と同時期だった。それでも拓朗は加害者側の級友に媚びを売った。名門校内で本流に入り、「勝ち組」と呼ばれる立場を得るためだった。

 けれど、連続殺人事件を追ううち、自分の過去の罪にも向き合うようになり、強い背徳感に襲われている。恵那と同じく、自分の全てを捨てようとしているらしい。

 この作品は冤罪の恐ろしさや権力の危うさ、マスコミの悪しき体質、空気に支配される人々など数々のことを描いているが、テーマを一言で書くと、人の業なのではないか。人間である限り逃れられない愚かさだ。

 恵那、拓朗、斎藤。現時点では主要登場人物に立派な人はいない。こんな作品も珍しい。もっとも、だからリアル。業はみんな背負っているし、間違いを犯さない人間はいない。問題は間違いに気づいた時、どうするか。恵那と拓朗は変わるはずだ。不誠実な野心家に映る斎藤は分からない。

 ストーリーの終着点は見えない。これまでの冤罪ドラマならラストを大別すると2通りしかなかった。1つ目は正義の弁護士かジャーナリストが冤罪を晴らす。もう1つは弁護士と家族らは冤罪と信じるが、獄中の人は無実を証明できずに死んでいくという筋書きである。

 この作品はどちらにも当てはまりそうにない。まず真犯人は路地裏商店街でアンティークショップを営む男(永山瑛太[39])であることがほぼ分かっている。目撃証言などと矛盾がない。

 この作品は真犯人を当てる謎解きドラマとは異なる。見せ場は警察や検察、裁判所が、男が真犯人であることを認めるかどうかだろう。恵那と拓朗が間違いを犯した人たちを追い詰められるかどうかである。

 渡辺あやさん(52)による脚本は軽妙で、笑える場面も随所にあるものの、全体的にはズッシリと重い。また、やや難解でもある。例えば頻繁に描かれる恵那と拓朗が「吐く」場面は強い自己嫌悪の表れに違いないが、説明は一切ない。

 重くて分かりにくいところがある作品は高視聴率を得にくいというのが通り相場だが、そんなことは渡辺さんと「大豆田とわ子と三人の元夫」(同)などで知られる佐野亜裕美プロデューサー(40)は百も承知だろう。関係者が連ドラの常識を変えようとしている意欲がヒシヒシと伝わってくる。なお制作しているのはフジ系列の関西テレビである。

 脚本以外のクオリティも高い。長澤、眞栄田、鈴木の演技は出色の一語。特に眞栄田は僅か計4話で拓朗を薄っぺらな若者から悩み多き青年へ変身させることに成功した。第4話でイジメ事件における自分の罪を痛感し、子供のように泣いた演技は絶妙だった。

「恵那と拓朗が冤罪を晴らすのは現実的に考えると無理ではないか」と思われる人がいるかも知れない。だが、日本テレビ報道局の清水潔氏は「足利事件」(1990年)のDNA再鑑定の必要性を2007年から繰り返し訴え、それが実現すると、事件現場に残されていた体液のDNAと元無期懲役囚のDNAは異なることが明らかになった。これにより元無期囚は2010年に釈放された。

 恵那と拓朗が報われるとしたら、決め手はやはりDNA鑑定になるのではないか。

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