デジタル化の時代に 「ペン」はどう生き残るか ――数原滋彦(三菱鉛筆代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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機能から情緒的価値へ

佐藤 そして鉛筆からボールペンやサインペン、シャープペンと次々に商品を送り出されてきた。日本の文房具は、国際的に高く評価されています。外国で現地のボールペンを使うと、ボール部分の滑らかさやインクの出方など、レベルの違いがはっきりわかります。

数原 これは私どもだけでなくて、日本の筆記具メーカー全体が技術開発で弛(たゆ)まぬ努力をしてきたからなんですね。それでいつの間にか世界をリードするようになっていた。

佐藤 ライバルとなる国がない。

数原 ドイツなど欧米のメーカーも技術開発をしてはいたのですが、近年は諦めてしまったようですね。

佐藤 ロシアは、もうボールペンを作っていません。

数原 弊社は日本の中でも、特に技術開発に力を入れている会社です。毎年30億円、全体の売り上げの5%を研究開発に投資しています。また社員の45%が技術系です。

佐藤 それはすごいですね。だから油性でも滑らかな「ジェットストリーム」や、水性と油性のいい部分を取り込んだゲルインクの「ユニボールワン」などのヒット商品が生まれてくる。

数原 技術がベースにあるということは言えますね。幸いにもこれまでは、技術開発する余地が大きかったんです。削らなくてはいけない鉛筆の代わりにシャープペンを考え、そのシャープペンでも芯が回って常に先端が尖るものを出す。あるいはボールペンは油性から始まりましたが、もっと滑らかな書き味の水性ボールペンになり、さらにインクが出過ぎるのを抑えたゲルインクボールペンに発展していきました。こうした「機能的価値」を付与することで新しい商品が生まれてきた。

佐藤 いまは消せるボールペンもあります。

数原 でもその技術の空き地がすごく小さくなってきたんですよ。

佐藤 機能だけでは差別化できなくなってきた。市場が成熟したという面もあるでしょうね。

数原 その通りです。社内でも、これから機能的便益だけで差を出すのは難しくなる、と話しています。では、それに代わるものは何か。私は「情緒的価値」ではないかと思っています。

佐藤 なるほど。その一つはブランド性でしょうね。モンブランのボールペンとジェットストリームを比べても機能としては大した差がない。違うのはブランドのイメージです。

数原 そうです。機能は変わらないのに、数万円のペンを持つのは、機能以外に価値があるからです。

佐藤 万年筆は完全にその方向にシフトしていますね。ナミキの「蒔絵万年筆」などは、安いものでも数十万円で、100万円を超えるものがザラにあります。あれは外交の場で、各国首脳にプレゼントとして使ったりするんです。

数原 パイロットさんの中にあるブランドですね。それを持つことで満足感が生まれる。

佐藤 三菱鉛筆もブランドイメージが確立している商品はいくつもあります。例えば、ユニやハイユニは高級鉛筆として完全に認知されています。

数原 先にお話ししたように、ユニは当時10円だった鉛筆を50円で売り出して成功したわけですから、ものすごいブランドだと思います。こうしたブランド性の他にも、情緒的価値を構成する要素には、デザイン性、そしてその商品にまつわるストーリー性などもあります。

佐藤 そうした情緒的価値を意識した最近の商品には、どんなものがありますか。

数原 2019年に発売した水性サインペンの「エモット」がそうです。手書きを楽しむ学生から大人の特に女性向けに、ペンでは珍しい白軸にして40色を展開しています。シンプルで落ち着いたデザインで、持っているだけでセンスの良さが感じられる筆記具になっています。

佐藤 ノートやスケジュール帳に書くのが楽しくなる。

数原 はい。他にもデザイン会社の「GRAPH」さんと「3&bC」という新ブランドを作りました。今後は使う人の心を動かすデザインやストーリーを付加しながら商品を作っていくことが大事になってくると思います。

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