デジタル化の時代に 「ペン」はどう生き残るか ――数原滋彦(三菱鉛筆代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】
書き味やインクの質などを追求して、世界的に高い評価を得ている日本の筆記具。いまや他国にライバルが見当たらないほどだが、最大の懸案はデジタル化である。今後、ペンはキーボードに置き換わってしまうのか。書いて学ぶ方法は、今後も残るのか。筆記具メーカーから脱皮を図る老舗企業の挑戦。
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佐藤 私は三菱鉛筆が出しているこのボールペンにとても感謝しているんです。
数原 油性ボールペンのSA-Rですね。どういうことでしょう。
佐藤 私は2002年、鈴木宗男事件に連座して逮捕され、東京拘置所に収監されました。その時、ずっと使っていたのがこのボールペンなんですよ。
数原 そうでしたか。拘置所にSA-Rの扱いがあることは知っていますが、佐藤さんがご愛用されていたとは思いも寄りませんでした。
佐藤 私は火曜日に逮捕されたのですが、検察は私に筆記具を渡したくなかったんですね。ノートは弁護士が差し入れてくれましたが、ボールペンは購入のみなんです。その注文日は毎週木曜日で、翌週の火曜日の昼間までは手に入らない。検察のもくろみは、筆記具が届くまでに、私を“落とす”ことだったんです。
数原 だから火曜日なのですね。
佐藤 このボールペンが届いた時は、本当に心強くて、強い武器ができたと思いました。勾留期間は512日に及ぶのですが、その間、ずっとこのボールペンと一緒でした。もう自分の体の一部だという感じです。
数原 そうまでおっしゃっていただき、たいへん光栄です。
佐藤 以来、私はずっとこのボールペンを使っているんです。拘置所の中では節約しなければなりませんから、使い切ったら芯を入れ替える。それが習慣となり、いまも替え芯を使っていて、机のペン立てには使用済みの芯が70本くらいあります。
数原 それはすごい本数ですね。ちょっとしたコレクションです。
佐藤 三菱鉛筆には油性、水性、ゲルとたくさんいいボールペンがありますから、この廉価なボールペンは、なかなか普通の文房具店にないんですよね。
数原 文房具店での扱いは少なくなっていますね。
佐藤 だから私は替え芯も一緒に通販で買っているんです。
数原 ありがとうございます。とてもうれしいお話です。
佐藤 いま、ボールペンの売り上げは全体のどのくらいですか。
数原 半分くらいです。
佐藤 では鉛筆はどうですか。
数原 10%を切っていますね。
佐藤 私が三菱鉛筆に関してよく覚えているのは、小学校に入った頃、高級鉛筆のハイユニが出たことです。1本100円の鉛筆として、大きな話題になりました。当時の誕生会では、それを2本、3本と袋に入れて贈るのがはやりました。
数原 ハイユニが出たのは1966年です。その8年前にユニが出て、その値段も、当時の国産の鉛筆が10円くらいだったところ、50円でスタートしました。欧米の価格がその値段だったので、それに負けない設定にしたのです。いまの金銭感覚だと、1本700円くらいでしょう。
佐藤 ハイユニはその倍です。
数原 ハイユニは、当初80円でしたが、すぐに値上げさせていただいたと思います。
佐藤 当時、子供たちの間では、ハイユニを持っていることが、たいへんなステータスでした。
数原 みなさん、金色のリングが印象に残っていらっしゃるようですね。
佐藤 三菱鉛筆は日本で初めて鉛筆の量産を行った会社として知られています。
数原 創業者の眞崎仁六が1878年のパリ万博に行って、鉛筆に出会いました。その万博の目玉は、鉛筆、電話、ラジオで、眞崎はその中から鉛筆に目をつけ、日本で生産しようと考えた。そして1887年、いまの新宿区内藤町に「眞崎鉛筆製造所」を作って、操業を始めます。当時は水車の動力を使っての工業化だったそうです。
佐藤 新宿御苑あたりですね。
数原 そこで眞崎が作っていたのは、一般的な黒の鉛筆でした。これに色鉛筆を作っていた「大和鉛筆」が合併し、1925年に「眞崎大和鉛筆」となります。これがいまの三菱鉛筆の母体です。
佐藤 三菱のマークができたのは、いつ頃ですか。
数原 1903年です。眞崎が独自に考案して商標登録しました。
佐藤 なぜこのデザインになったのでしょうか。
数原 当時、眞崎の鉛筆が逓信省(現総務省)の御用品として採用されました。その記念に商標を登録しようと考えたんですね。逓信省には1号、2号、3号と3種類の硬度の鉛筆を納めていて、また眞崎家の家紋が「三鱗(みつうろこ)」だったことから、三つの菱形を並べた形になったそうです。
佐藤 マークは同じでも、三菱鉛筆は三菱グループではない、というのはよくクイズになりますね。
数原 かつては「三菱グループさんはロケットから鉛筆まで作っている」と、よく言われたものです。商標登録としては、三菱財閥よりも15年前になります。
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