女性バーテンダーとの不倫に溺れる50歳男性 全てを知っていた息子が放った一言が分岐点

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心が満たされない家庭

 家庭も特に波風がたつわけでもなく、時とともに子どもたちは大きくなっていった。尚子さんとの間も決して不仲ではなかったが、心が満たされる感覚はあまりなかった。

「息子は私立小学校に落ちて、そのまま中学も公立へ行きました。妻は、高校こそ有名私立へと必死でしたが、僕は息子に『好きにすればいい』と言っていた。そうしたら息子が、ふと『お母さんって幸せなのかなあ』と言い出したんです。妻が幸せでないなら、それは僕の責任も大きいんだろうなと感じました。子どもにそんなことを言わせてしまったことが妙に気になりましたね」

 だから家にいることの多い妻に、「何か楽しいことをしてみたら?」と言ったこともある。習い事をするとか、友だちと出かけるとか、いろいろやってみればいいよ、と。

「すると妻は、『あなたが一生懸命仕事をしていて、子どもたちもそれなりにがんばっているのに、私が遊びに行くなんてできない』って。誰もそんなプレッシャーはかけてないのに、妻は自分が良妻賢母でなければならないと思い込んでいた。たぶん、母親のようになりたくなかったんでしょう。まだ若いし、子どもが巣立ったあとも僕たちの人生は続くんだよと言いました。あまりピンとこなかったようですが」

 妻は何が楽しみで生きているんだろう、と彼は思ったが、それは自分自身にも言えることだった。不惑の40歳を越えてからずっと、彼は人生の迷路に入ったような気分だったという。

ふと見つけたバーで…

 友美佳さんと出会ったのは、そんなふうにほんの少し心が渇いているときだった。出会いはバーだ。得意先へ出向いたあと直帰しようと思っていた誠さんが、ふと見つけたバーで、彼女はシェイカーを振っていた。

「小さなビルの地下にある、小さなバーなんですが、カウンターの中にいる彼女を見たとき、好きな仕事をしている雰囲気が色濃く出ていて、素敵だなあと思ったんです。止まり木で一杯やりながら彼女の様子を見ていたら、よけいなことはいっさい言わない。注文された酒を淡々と作って出す。ただ、お酒の話には愛想よく応じている。来ている客も彼女が女性だからと何か言う人はいない。ひとりでお酒を楽しむための秘密の蔵みたいなところでした」

 何度か顔を出しているうち、他の客と顔見知りになった。その人によれば、先代バーテンダーは彼女の祖父で、一度は畳んだ店を彼女が復活させたのだという。勉強熱心な人だから、という客の言葉が耳に届き、彼女の頬が少し緩んだ。

「彼女がすごいのは、客の好みはほとんど覚えていて、3度目には『いつものでいいですか』と言うところ。こんな感じのお酒が飲みたいと言うと、いくつか提示してくれる。自ら蘊蓄を語ることはなく、むずかしいことは言わずに楽しみましょうという雰囲気があるんですよね」

 彼も、飲んだことのないウィスキーを勧められて感動したことがある。それまで試してみなかったカクテルも好きになった。もともとそれほど強くないから、1,2杯で席を立つ。それでもときどき帰りに寄るのが楽しみになった。

「あるとき、仕事で外回りをしていてランチをとるのが遅くなった たことあるんです。雰囲気のいいカフェがあったので入ってみました。友美佳の影響で、今までと違うことをしようと思っていて。以前ならカフェよりラーメン屋だったんですけどね」

 入ってみると、空いてはいたが男性一人客もいたのでホッとし、店の中ほどのテーブルをとった。さて、とメニューを手に取ると、隣の席からクスクス笑う声が聞こえた。

「なんと友美佳だったんです。用があるので早めに自宅を出てひとりでランチをとっていたところだと。いつもはモノクロの服装の彼女が、華やかなオレンジ色のニットを着ていたのでびっくりしました。キリッとまとめている髪もおろしていたし。一瞬、わからなかったと言ったら楽しそうに笑っていました。こんなに笑顔が素敵な女性なんだと改めて驚きましたね」

 店では微笑む程度の彼女だが、仕事を離れるとひとりの若い女性だった。

「あなたの影響で、入ったこともないこういう華やかな店に来てみたと言いました。この酒以外飲まない、こんな飲み方は邪道だというのは凝り固まっているだけ、というのが彼女の持論でしたから。新しいものを拒まない感性は重要だと思うから、この店に入ってみたんだと言ったら、彼女、またうれしそうに笑って……。そのときも彼女お勧めのランチをとりました。ナシゴレンみたいなものでしたが、おいしかった」

 彼はいろいろ話しかけたが、ふと気づいて、「引き止めてごめんなさい」と言った。彼女は誠さんをじっと見て、「そういうところが武永さんのいいところですよね」とつぶやき、会釈をして颯爽と去っていった。

「彼女も僕を嫌ってはいない。とはいえ、バーテンダーと客という立場ではどうにもならない。どうにかなりたかったわけじゃないんです。ただ、彼女にとって、いい客になろうとは思いました」

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