米国有権者の4割超が「連邦政府は秘密結社に操られている」と考えるのはなぜか
横行する陰謀論、背景は
米国で陰謀論が広がっている理由は様々だが、筆者は「連邦政府があまりにも巨大化したことが関係しているのではないか」と考えている。
米国では伝統的に「小さな政府」が好まれてきたが、20世紀後半から連邦政府は肥大化するようになり、この傾向は「テロとの戦い」でさらに助長された。国民にとって連邦政府は理解不能な存在になったばかりか、安全保障(セキュリティー)の名の下に生活全般に介入する忌まわしき存在になってしまった。
巨大化した連邦政府を運営しているのは専門家集団だ。専門家はすべての分野で効率的な統治を目指してきたが、急速に複雑化した行政ニーズに対応することができず、極めて非効率なものになってしまった。
国民は「専門家は優秀だ」と考えているが、その専門家が統治しているのにもかかわらず、日々の生活は悪化するばかりだ。この矛盾した状況に直面した彼らは「専門家が意図的に失敗して私たちを苦しめている」と考えるようになったというわけだ。
民主主義の議論はこれまで選挙制度など立法府のあり方に対するものが中心だったが、政治課題が錯綜し複雑化した現在、立法よりも行政の方がはるかに重要になっている。だが、選挙で行政を直接コントロールすることは難しい。行政府のあり方が顧みられることがほとんどなかったため、国民の行政に対する恨み・つらみが陰謀論に投影されているのではないかと思えてならない。行政に対する不満を募らせる国民の間で「非常手段に頼るしかない」との思いが強まっていく可能性も排除できなくなっている。
先進国の中で突出して暴力事件が起きる米国では近年、政治的暴力事件が多発するようになっている。今年8月に公表された世論調査で「米国人の4割以上が『今後10年以内に内戦が起きる』と考えている」ことが明らかになっている。
今年1月に著書『内戦はこうやって始まる』を上梓したカリフォルニア大学政治学部のバーバラ・ウォルター教授は「民主主義への信頼感が低下している米国は最も内戦が起きやすい国の1つだ」と主張している。
米国では19世紀後半に南北戦争が起きたが、ウォルター氏が想定している内戦のシナリオは以下の通りだ。
「マイノリティーとエリートの極左政治家が国を乗っ取ろうとしている」と呼びかける匿名の文書が投稿されると、右派の民兵組織が政府機関へのテロ攻撃を開始する。その後、これに対抗する形で左派の民兵組織も暴力活動を活発化し、各地でテロ攻撃やゲリラ戦が頻発する。その結果、米国は泥沼の状態と化していくというものだ。
にわかには信じ難い内容だが、陰謀論の広がりはその予兆なのかもしれない。行政のあり方にもメスを入れない限り、米国の政情はますます悪化してしまうのではないだろうか。
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