亡くなった村田兆治さんが語っていた「空港での逮捕劇」と「離島の球児たち」への想い
11月11日未明、東京・世田谷区の一軒家から火の手が上がり、この家に住む元プロ野球選手の村田兆治さん(72)の死亡が病院への搬送後に確認された。わずか1カ月半前、村田さんは心中に去来する想いを記者へ率直に吐露していたばかりで、あまりに突然の訃報だった。
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死因は煙を吸ったことによる一酸化炭素中毒だった。消防隊員が駆け付けた時にはすでに心肺停止の状態で、捜査関係者によると、村田さんは火災のあった自宅に当時「ひとりで暮らしていた」という。
左足を大きく振り上げる「マサカリ投法」と呼ばれる豪快なフォームで、プロ23年間で通算215勝。90年に40歳で引退したが、その年にも10勝を上げる「超人」ぶりを見せつけ、世間を驚かせた。
2005年に野球殿堂入りを果たすが、今年9月23日、羽田空港の保安検査場で女性検査員の肩を押すなどしたとして暴行容疑で現行犯逮捕。携帯していた新聞切り抜き用のハサミがスーツケースに入っていることを失念していた村田さんは、急いでいたこともあり検査員と口論に。折しも安倍元総理の国葬で警備が強化されていたタイミングと重なり、たちまち警察官に取り囲まれる事態へと発展した。
東京空港署での勾留を経て25日に釈放された村田さんの自宅を訪ねると、近くの公園へと誘い、快く取材に応じてくれた。以下はその時の村田さんの言葉だ。
「彼女には頭を下げて謝りたい」
「まさか、あの行為が暴行になるとは思いもしませんでした。逮捕されたこともショックですが、その容疑が暴行であることに二重のショックを受けています」
こう沈痛な面持ちで話し始めた村田さんは、くだんの女性検査員のことを特に気にかけていた。
「急いでいたので“ちょっとどいて”と女性の肩を右手で押して通ろうとしたのですが、結果的に押しのける形になってしまった。女性には逮捕される際、“申し訳ない”と謝ったけど、小さな声だったから聞こえなかったかもしれない。(彼女には)本当に頭を下げて謝りたい」
以前の出張時に入れていたハサミがスーツケースにあるとは思ってもいなかった村田さんは、居合わせた男性検査員にも「部下の教育はどうなっているんだ」と詰め寄った。
「そうこうしていると、約10人の警察官に囲まれ“ハサミがあるのだから通せない”と言われ、手錠を掛けられました。女性(検査員)だけでなく、ファンや仲間にも頭が上がらない……」
こう言葉を噛みしめるように事件への反省と後悔を語った村田さんだが、話が「離島甲子園」のことに及ぶと一転、言葉に力がよみがえった。
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