竜王防衛にあと1勝 福知山市があやかりたい藤井聡太五冠の強さと人気
「立ち直れていない」広瀬
2日目の午後になると、ABEMAで解説していた深浦九段の言葉も「見た目以上に差が開いている」「広瀬さんの将棋がこんなに悪くなるのはあまり見たことがない。どうしたのかな」などと広瀬を少し心配するような話しぶりもあった。極端に早い投了のせいか、広瀬にどこか元気がないようにも見えた。
根が正直な広瀬は、対局前のABEMAのインタビューで「第3局の敗戦から立ち直りましたか?」と聞かれて、「立ち直れていないです」と答えている。第1局を勝ったが、ほぼ勝っていた第2局を土壇場でミスして落とした。第3局も優勢に進めていたのを逆転された。広瀬は事前に研究し抜いて新手などを繰り出して戦ったが、藤井は未経験の新手にも見事な臨機応変ぶりを見せた。
藤井はこの竜王戦が始まるまで、タイトル戦では初戦で敗北したシリーズはその後、すべて3連勝や4連勝してタイトルを奪ったり守ったりしている。一度も2敗していなかった。これも驚異的だが、広瀬が優勢だった第2、3局目を見ていて、今タイトル戦で遂にその「ジンクス」が破られるかとも思ったが、4局を終えて続くことになった。
広瀬は4年前にも竜王戦で福知山城に登場し、当時の竜王・羽生善治九段(52)を破ってタイトルを奪取し、レジェンドを27年ぶりの無冠に追い込んだ。今回はそんな「縁起のいい場所」にもあやかれなかったのだ。
PRに気合が入った福知山市
勝負が佳境を迎えた2日目の昼食は、藤井が「京地どりの親子丼」、広瀬が「肉のまち福知山 特選牛すき焼き定食」だった。2人とも飲み物は同じ「福知山産小麦が香る黄金麦茶」。特選の牛肉がたっぷり使われた「すき焼き定食」は、藤井も1日目に注文していた。藤井が食べているのを見た広瀬は「おいしそうだな」と思って、翌日に同じ注文したのだろうか。
それはともかく、今回、竜王戦が行われた福知山市の力の入れようは尋常ではなかった。ABEMAで紹介される食べ物と飲み物のすべてに、いちいち「福知山」という枕詞がついていた。正直、もう少しスマートなPRもあろうにと苦笑した。タイトル戦では対局日の前日、食事付きの「前夜祭」で対局者が招待客の前で抱負を述べたりするが、今回は「前前夜祭」まで開かれたとか。
福知山城は戦国武将・明智光秀が築城した。2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」(主演・長谷川博己)の舞台にもなった。福知山市は大河ドラマを誘致しようと早くから画策し、実現すると「大河ドラマ『麒麟がくる』推進協議会」を中心にゆかりの地の観光振興や地域活性化のため様々なイベントを展開していた。
明智光秀は戦(いくさ)での手柄などで、主君・織田信長からいくつかの城を与えられた。福知山城はその中でも「唯一、天守閣が残る城」であることが同市の大きな自慢だ。城主だった期間は、「本能寺の変」で信長を討ち「山崎の合戦」で豊臣秀吉に敗れるまでの3年ほどだった。
地方の中小都市が全国にその名をアピールしたい時、大河ドラマの舞台になることが最も影響力のある好機のようだが、今や「藤井人気」から、将棋のタイトル戦がそれに次ぐイベントになっているのかもしれない。
さて、藤井と広瀬は、竜王戦の第5局より前の11月14日に、名人戦への挑戦者を決めるA級の順位戦リーグで対決する。先は長いとはいえ、ともに3勝1敗で挑戦を狙える位置にいる。とりわけ藤井は、挑戦権を得れば、谷川浩司十七世名人(60)の史上最年少名人21歳2カ月を破る可能性も出て来る。広瀬に負ければ新記録はかなり難しくなる。逆に広瀬としてはここで藤井を破って、竜王戦第5局に臨みたいところだ。広瀬の奮起に期待したい。
(一部、敬称略)
[2/4ページ]