梨泰院雑踏事故で「尹政権は退陣せよ」と怒る韓国人に違和感 3つの原因を専門家が指摘
北朝鮮の暗躍
元毎日新聞論説委員で韓国社会に詳しい早稲田大学の重村智計名誉教授は、「日本人が考えるより、韓国では政治と国民の距離が近いのです」と指摘する。
「梨泰院の事故を考えると、警察の不手際が大惨事の直接的な原因であることは言うまでもありません。ただし、韓国では軍事独裁政権が長く続いたため、デモを事前弾圧してきた歴史があります。その反省に立って、近年の韓国国民は警察になるべく控え目な警備を行うよう求め、警察もそれに応じてきました。警備の問題でも政治の影響が見て取れるというわけです」
韓国の独裁軍事政権と言えば、朴正熙[パク・チョンヒ](1917~1979)、全斗煥[チョン・ドゥファン](1931~2021)という2人の大統領で知られる。
1979年に朴が暗殺されると、韓国では民主化を求める動きが強まった。だが、大統領に就任した全は、1980年5月に戒厳令を布告。世論を抑え込む姿勢を鮮明にし、不当逮捕も日常化した。
同年5月18日、光州市でデモが起きると、軍や機動隊が事前に行動し弾圧。一説によると、死者は150人から200人という大惨事に発展した。
「梨泰院雑踏事故は、歴史の教訓に学んだことが裏目に出てしまったとも言えます。では、なぜ韓国では大惨事が発生すると政権批判が強まるのか、私は3つの理由が挙げられると考えています。1つ目は北朝鮮の策動です。セウォル号の沈没も梨泰院の事故も、どちらも保守政権に対する批判だったのは決して偶然ではありません」(同・重村氏)
ナショナル・アイデンティティ
いわゆる“北朝鮮シンパ”が政権を攻撃するというレベルではない。
「韓国に潜入している北朝鮮の工作員が暗躍し、保守政権に対する批判的な世論を誘導していくという現象も取材しました」(同・重村氏)
裏を返せば、もし文在寅[ムン・ジェイン]前大統領(69)の政権下で事故が起きたのなら、ここまで批判は過熱しなかったかもしれない。
「2つ目は、韓国で政治の動きは国民の日常生活に大きな影響を与えることが挙げられます。韓国は人口が約5100万人と日本より少なく、地縁と血縁の結びつきも依然として強固です。そのため大統領が代わると、公務員だけでなく民間の会社員でも左遷されたり、あるいは抜擢されたりするのです。政権交代が生活と人生に関わるわけです」(同・重村氏)
3つ目の要因として重村氏は、韓国人の“引き裂かれたアイデンティティ”を挙げる。
「日本は明治維新で近代化を果たし、長い時間をかけて自国の“ナショナル・アイデンティティ”を育み、民族主義を克服しました。成熟した民主主義国家に住んでいるという実感を持っています。ところが韓国の場合、日本の敗戦によって独立を果たしましたが、朝鮮戦争が勃発し、戦後も軍事独裁政権の統治が続きました。激動のうねりに翻弄され、『韓国人とは誰か』とか、『韓国人の共通の帰属意識』に、なお悩んでいます。南北共通の国民意識も喪失しているのです」(同・重村氏)
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