【舞いあがれ!】横山裕の登場に小技…桑原亮子さんの脚本の魅力を分析する
舞の積極性を育んだのは…
例えば、舞は第20話で部長の3回生・鶴田葵(足立英[28])に対し「私にパイロットをやらせてください」と志願した。骨折した由良の代役を申し出た。急な思いつきではなく、ここに至るまでに舞の心は徐々に変化した。
まず第17話。由良がパイロットであることを知った舞は「女の人がパイロットって、びっくりしました」と設計担当の刈谷博文(高杉真宙[26])に漏らす。女性パイロットなんて、あり得ないと思っていたのだ。
すると刈谷は間髪入れずに「男とか女とか関係ない」と力強く答えた。この言葉を聞いた舞はちょっと驚き、同時にうれしそうだった。舞が初めて女性でもパイロットになれると自覚した瞬間である。
第20話。由良の骨折発覚後、舞と同じ新入生部員の日下部祐樹(森田太鼓[20])が、代役パイロットとして舞の名前を挙げると、舞は嫌がる素振りを見せなかった。まんざらでもなくなっていた。
誰かがパイロットをやらなかったら、引退する3回生が悔しい思いをすることが分かった後だからだ。間髪入れずに部長の鶴田が「1回生には無理や」と返答すると、舞は少し残念そうな顔付きになった。
その後、同じ第20話で舞は由良を見舞う。その場で由良も去りゆく3回生のために飛ぶことを切望していると知り、自分が飛ぶ決意を固めた。筋立てに無理がなかった。舞の心象風景もきめ細かに描かれていた。
振り返ると、内気だった舞の積極性を育んだのは第3話から第10話までの五島暮らし。祥子ばんばの教えがなかったら、自分からパイロットをやらせてほしいとは言わなかったはずだ。やはり偶然が排除された物語なのだ。
一貫したリアリティ
五島編も含めた舞の少女時代の物語は珠玉だったが、長く続けてしまうと、浅田を主演とする別のドラマのようになってしまっただろう。主演が誰か分からなくなりかねなかった。少女時代は3週間くらいでちょうど良かった。
第18話で舞の兄・悠人(横山裕[41])が出てきたのも偶然ではなく、計算されていた。悠人はすっかり投資家気取りで、コツコツ働く浩太の生き方を見下す。これに浩太は発憤し、人工衛星用のネジをつくろうと考え始める。
それまでの浩太は向上心を失いかけていた。一時は従業員3人で潰れかけた会社が、工場2つで従業員18人になり、満足していた。そんな浩太の胸の内を、桑原さんはキャッチフレーズづくりに夢中になっていたことで表した。
「ありがとうの心を忘れない岩倉螺子製作所」などである。もっとも、悠人に嘲られた浩太はキャッチフレーズづくりをピタリと止めた。人工衛星用ネジをつくるという新しい夢を追い始めた。
横山の東大阪での初登場も小技が利いていて、うまかった。あえて自宅より先に隣のお好み焼き屋「うめづ」に立ち寄らせ、主人の梅津勝(山口智充[53])と妻の雪乃(くわばたりえ[46])に会わせて、雪乃に「ホンマに悠人君? シュッとして、まるで芸能人やんか」と口にさせた。
「本当に悠人?」と言いたいのは観る側なのである。当たり前だが、第15話まで悠人を演じた海老塚幸穏(13)と横山は見た目も雰囲気もまるで違う。
その思いを雪乃に代弁させ、一方で横山には自分が悠人だと意思表示させることで、これからは横山が悠人であることを印象付けた。親である浩太、めぐみに「ホンマに悠人?」と言わせるわけにはいかない。
物語に一貫してリアリティが担保されているところもいい。小学生の時からの仲良し3人組の1人で「うめづ」の1人息子・梅津貴司(赤楚衛二[28])は高校を卒業すると、システムエンジニアになった。一方で詩を書いている。もう1人の望月久留美(山下美月[23])は看護師になるため、専門学校に入った。
詩が書きたいのなら大卒の資格は不要だし、そもそも行きたくないのなら大学進学の必要はない。危なっかしい父親・佳晴(松尾諭[46])と暮らす堅実な久留美が、スペシャリストの道を選んだのも説得力がある。それでも3人の友情は変わらないが、よくある話だ。
ドラマの現代劇はやたらと若者を大学に行かせたがるものの、実際の進学率は50%強。劇中の舞たちが生きている2004年は50%を切っていた。3人の進路がバラバラであるほうが現実的なのである。
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