次世代通信基盤「IOWN」でゲームチェンジを実現する――澤田 純(NTT代表取締役会長)【佐藤優の頂上対決】
パラコンシステント
澤田 IOWNは技術によって新しい社会基盤を作り出すわけですから、そこにはやはり新たな社会科学的な思想や共通概念が必要です。それによって社会を進歩させていかなくてはなりません。
佐藤 すでにネット空間の拡大に伴い、さまざまな齟齬が生じています。
澤田 その通りで、いまの情報通信やSNSによって、あまりにも社会が分断されてしまったという現実があります。エコー・チェンバーと言いますが、自分と似た興味や関心を持つ人とばかり交流するようになっている。
佐藤 だから対話が不能になってしまっていますね。ネット空間では意見が違うと、すぐに罵詈雑言が飛び交います。
澤田 これから情報通信はさらにパーソナル化の方向に進化します。その結果、多様な社会になってはいきますが、分断もさらに進んでいく可能性がある。だから個を重んじながら社会を維持するためのガバナンスの仕組みが必要になります。
佐藤 そこは非常に難しい。
澤田 先にお話ししたように、光半導体でネットワークができると、非常に高速で情報が処理できます。そうすると、もうデジタル化する必要がないんですね。得たものをそのままアナログで送ることができる。もちろんデジタルが必要な部分もありますから、IOWNはアナログとデジタルを併存させるモデルなんです。
佐藤 人間は本来、アナログですからね。
澤田 今後、そうした併存モデルが重要になります。アナログだと、より人間の実像に近い情報を送れますから、相互に個を尊重することはさらに大事になります。その一方で、インクルージョン(包摂)の仕組みを作って、バラバラにならないようにする。いまの日本は多様性ばかりがもてはやされますが、包摂も非常に大切です。私は多様性をそのまま受け止めるあり方を「パラコンシステント」(同時実現)と呼んでいます。
佐藤 両者を成り立たせる論理ですね。
澤田 はい。AかBかではなくて、AもBも、です。西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」に近い概念です。
佐藤 澤田さんは京都学派の思想を受け継がれている。
澤田 弊社では現在の西田哲学をフォローしていらっしゃる哲学者で京都大学教授の出口康夫先生と、弊社で初めて文化系分野での共同研究も行っています。
佐藤 技術だけではなく、社会科学からもIOWNの探求をされている。
澤田 出口先生が提唱されているのは、「Self-as-We(われわれとしての自己)」という概念です。これはいま弊社のサステナビリティ憲章の基礎にもなっていますが、出口先生は人間を、ネットワークの中でしか生きられず、その中で支えられている非自律的存在、非自足的存在としてとらえ直しています。そしてITやICTの向かう先もその方向だとされている。つまり他者を必要とし、利他の精神で支え合うのが人間ということです。それを受けて、弊社は利他共存のもとで、ウェルビーイング(幸福)の最大化を目指しています。
佐藤 なるほど、利他の精神ですか。
澤田 その「われわれ」には、メタバースのアバターも入ります。今後はそうした概念を社会的に実装していかないと極めて危険です。
佐藤 澤田さんのお話を伺っていると、非常に強い公共性を感じます。
澤田 経営者として悩ましいのは、公共性と企業性の両立です。IOWNはビジネスでもあり、これによって日本が再度、競争のスタートラインに立てるようにすることも大事です。しかしこれからはそれだけではダメです。これからのサービスはコモンズ(共有地)としての役割を担い、そこで自己実現をしたり、特性を生かして仕事をする人々のつながりをサポートしていかなければならない。こうしたビジョンを持ってIOWNを進めています。
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