「誤審で一睡もできず」「ネットに“仰木監督を殺した”と書かれ…」 現役プロ野球審判らが語る舞台裏、現役選手で気に入られているのは?

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“お前は耳が遠いのか”と皮肉を

 名監督といえば、故・野村克也監督も評価が高いが、

「機嫌の波は大きかったですね。チームが勝っている時は“篠宮さ~ん”と呼びますが、負けていると“おい、アンパイヤー”。甲子園は球審とベンチの距離が離れているせいもあって、阪神の監督時代、監督の声が聞き取れなかった。ベンチまで歩み寄ると“お前は耳が遠いのか”と皮肉られたこともありました。ネチネチ言ってくることはありますが、いつまでも根に持つ人ではなかった」

 その野村監督の教え子で、昨年はチームを日本一に導き、今年もセ・リーグを制覇。日本シリーズを戦うヤクルト・高津臣吾監督の現役時代の姿も、篠宮氏は印象に残っているという。

「ある年の正月、自宅に『本年もよろしくお願いします。高津』とだけ書かれた年賀状が送られてきた。誰のことだかさっぱりわかりませんでしたが、同僚に聞くと、ヤクルトの高津だろうと。どうやらセ・リーグのすべての審判員に送っていたようです。当時から審判員の住所は選手には極秘扱いでしたから、おそらく球界関係者や番記者から住所を教えてもらったんでしょう。もちろんそんなことで手心は加えませんが、ニヤリとしてしまったのは事実です」

 さすが現代の名将。現役当時から気遣いのレベルが他の選手とは違っていたようなのである。

誤審などのトラブルに耐えかねて辞める人も

 ここで、審判とはどんな人たちで、どんな生活をしているのかを簡単に紹介してみよう。

 現在、NPBのHPに記載されている審判員は58名。

「100匹いるといわれるイリオモテヤマネコより希少種ですね」

 と説明するのは、前出の山崎元審判だ。

「1軍の審判員になるためには、おおよそ10年、千試合程度の経験が求められます」

 審判になるためには、まずNPBアンパイア・スクールで優秀な成績を収め、研修審判員になる必要がある。そこから独立リーグなどで1年ほど経験を積み、優秀者は育成審判員に昇格。2軍戦に立てるようになる。それから3年くらい経つと「育成」が取れてプロの審判ということになるが、さらに6~7年間を経て、初めて1軍戦でも出場機会が得られる。いわゆる「定年」に当たる契約上限年齢は58歳だが、

「それを迎えられる審判員は半分ほど。日々、ハードな仕事をこなしていますから、職業病として心の病やストレスから来る内臓疾患、腰痛がある。また、誤審などのトラブルに耐えかねて辞める者もいます」

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