年俸4年8億円、34歳「梶谷隆幸」は育成選手なのか 評論家が他球団への移籍を勧める根拠

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ケガとの戦い

「育成選手制度は、ソフトバンクの千賀滉大投手(29)と甲斐拓也捕手(29)の活躍もあり、野球ファンの評価が高くなりました。しかし、もともとは資金が豊富な球団が、より多くの選手を確保したいという思惑から生まれたものです。今回のような制度の“悪用”を防止するという議論も重要ですが、一部の育成選手が置かれている経済的な苦境などを考えると、まだまだ改善すべき点はたくさんあると思います」(同・広澤氏)

 広澤氏は1986年から1995年まで1180試合連続出場を続けたことからも分かるように、往時を知るファンの間ではケガとは無縁の選手というイメージがある。

 だが、96年のオープン戦で受けた死球で連続出場記録はストップ。更に、99年には左肩を脱臼骨折してしまう。

「腕が固定されたように動かなくなりました。ボールを投げても5メートルと飛ばず、バットは握れてもスイングはできないという状態だったのです。巨人に自由契約をお願いして、99年12月に阪神へ移籍しました」(同・広澤氏)

 復活を目指してリハビリと練習に励んだが、2000年のシーズンも不本意な成績で終わってしまう。阪神のフロント陣は広澤氏の“解雇”を考えていたというが、当時監督だった野村克也氏(1935~2020)による鶴の一声で残留が決まった。

梶谷のイメージ

 そして翌01年、広澤氏は復活を果たす。7月以降は一塁手としてレギュラーの座を獲得。通年で95試合に出場し、打率2割8分4厘、ホームラン12本という成績を残した。

「私の経験から言うと、梶谷くんは必ず復活できると思います。1年目は無理でも、2年目からは相当に体は復調します。つまり、来季はかなり期待できるはずなのです。リハビリに励んでいると“試合勘”が衰えるのは事実ですが、オープン戦で取り戻すことができます」(同・広澤氏)

 ここで重要なのは、梶谷がどのチームに所属していても復活することは可能だという点だ。別に巨人でなくても構わない。

「梶谷くんと巨人の間で話し合いはついているのかもしれませんが、ファンの批判には納得できる点が多々あります。その結果、梶谷くんのイメージに悪影響が出てしまわないか心配です。ならば思い切って他のチームに移籍し、そこで再起を果たすほうがファンは支持するのではないでしょうか」(同・広澤氏)

註:巨人が主力含む11選手に“戦力外通告→育成契約打診”の姑息 選手会「プロテクト外し」と激怒!(日刊ゲンダイDIGITAL・10月25日)

デイリー新潮編集部

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