深刻な悩みを打ち明けた相手に「絶対にやってはいけないこと」とは ノンフィクションライターの「悪魔の傾聴」術

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 部下や後輩と距離を縮めようと話をしたもののうまくいかない。問題を抱えているようなので聞こうとしたが心を開いてくれない。そんな壁にぶつかった経験を持つ方は多いのではないだろうか。

 ノンフィクションライターの中村淳彦氏が取材をしてきた人物は3千人超。

 貧困にあえぐ人、親に言いづらい仕事をしている人など、数多くの人たちの声に耳を傾け、本音を引き出してきた。

 それをもとに中村氏は『東京貧困女子。』『名前のない女たち』等、多くのベストセラー、話題作を執筆してきたのだ。

 しかし、その中村氏はもともと「極端な人見知り」で、取材をはじめた頃は、緊張や気を使う余り、なにも聞き出せないなど失敗を繰り返してきたという。

 そんな経験を経て、到達したのが「聞き手が必要最低限しかしゃべらない」で、相手の話を引き出す傾聴術。

 この傾聴を意識することで、初対面の相手、複雑な問題を抱えた相手からも深い話を聞くことができたというのである。

 中村氏が現場でつちかった傾聴のノウハウをまとめた新著『悪魔の傾聴―会話も人間関係も思いのままに操る―』(飛鳥新社)には、取材を仕事としない人に向けたアドバイスも多く詰まっている。

 たとえば「話を聞く」と決めた際に、「絶対にやってはいけないこと」がいくつかあるという。以下のアドバイスは、特に年配者には耳の痛い指摘かもしれない(以下は『悪魔の傾聴』の一部を抜粋し、再構成したものです)。

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アドバイスは禁物

『悪魔の傾聴』の冒頭では、傾聴における基本として「HHJ」をやってはいけない、と述べました。「否定(H)」「比較(H)」「自分の話をする(J)」の頭文字でHHJです。

 たとえば相手が「私はAが好きです」と言った際に、「いや、Aはイマイチでしょ」(否定)、「うーん、AよりもBがいいよ」(比較)、「あ、そう。僕は断然Bだね」(自分の話)といったリアクションをするというものです。

 このあたりまでは、何となく話を転がすうえで「やってはいけない」と理解している方も多いことでしょう。

 ただ、話がさらに先に進み、深い領域になった時に、つい犯してしまいがちな過ちがあります。特に年配の方、相手よりも聞き手が年上のケースで見られます。

 それは「不用意なアドバイスをする」という過ちです。

 ここでは、私の経験をもとにご説明いたします。

 ある取材で話を聞いた女性(40代シングルマザー)の語りはなかなか深刻でした。親のネグレクトや度重なる彼氏の暴力で精神疾患になり、さらにセックス依存症のような状態でした。

 それから不倫や行きずりの関係を繰り返して、初婚の夫には愛想を尽かされて離婚。息子を抱えるシングルマザーとなって、さらに父親のわからない娘を出産していました。

「医者に解離性障害と診断されました。就労はできないと。働くことだけではなく、恋愛も精神状態が不安定になるからと禁止です。親も兄も疎遠となってどこにも友達もいないし、孤独でおかしくなりそうです」

「手段は出会い系サイトしかなくて、医師の意見を無視してひたすら見知らぬ男と会うようになりました。もう、数えきれないほどの男性に会っています。自分でもわけがわからない感じで、男の人に優しくされたくて、優しい言葉をかけてもらいたくて、いまも、ひたすらメッセージのやりとり。子どもは放置、ネグレクトです」

 よくないことをしている自覚はあるのですが、自分では、どうにもならないようです。

 ここまで深刻な話ではないにせよ、傾聴の習慣を身に付けて、相手の本音を聞けるようになると、おそらくみなさんも日常生活で自己開示をされるようになります。

 相手にとってネガティブな過去や現状の自己開示があったとき、その相手との関係性の分岐点となります。

 この女性は、明らかに間違った行為を繰り返しています。しかも、本人にその自覚があります。そのような状況で、例えば、「あなたはお母さんなのだから、子どもの気持ちになろうよ!」といったような、意見を言ってしまう人がいます。上から目線なうえに、非常に悪質な返答です。

 傾聴の目的は、相手から最大限の本音を引きだすことです。そのような自分の意見は、まず目的から逸脱しています。せっかく自己開示をしても、その瞬間に語りはトーンダウンしていきます。

 ネグレクトされている子どもは気の毒ですが、相手の自己開示に対して自分の意見は決して口にしてはいけません。どうしても言いたいならば、たっぷり話を聞いた後(私は制限時間を90分くらいとしています)にしましょう。

 会社の上司部下、学校の教師生徒のような関係なら、さらに気を付けるべきです。仮に部下が本音を語ってくれたとしても、上司が上からの立場で意見を言った瞬間、部下は萎縮し、元の関係に戻ってしまいます。その後、部下の語りは鈍化、もしくはなにも言わなくなります。これは典型的な傾聴の失敗です。

言われなくてもわかってる

 特にやってはいけないのは相手の語りを否定して、アドバイスすることです。

 これはリアルな対面コミュニケーションで多くの人に見受けられる最悪な行為です。そもそもアドバイスする時点で対等な関係ではなく、上から目線となってしまいます。

 仮に「健康が大切だよ。だから、お医者さんの言うことは聞かなきゃ」とか、「男性と会うより、子どもとちゃんと向き合ったほうがいいよ」みたいなアドバイスを言ってしまったとします。

 男性と会っている現在進行形の行為を否定して、健康や家庭を大切にしようというアドバイスです。そんなことは言われなくても、本人は重々理解していることです。

 おそらく女性はウンザリした表情になって、「そうですよね、わかっています。これから子どものために頑張る努力をします」みたいな返答をするでしょう。否定してアドバイスしたがるあなたとのその場を壊さないための、意見やアドバイスを受け入れるふりをした取り繕った返答です。場を壊さないためだけの返答なので、その返答は本心ではありません。

 あなたにさらなるアドバイスを求めるかもしれませんが、それはあなたがアドバイスしたがっているので、優しい女性は気を使っているわけです。そして、語りのゴールはまだ先にあったのに終了となります。満足しているのはアドバイスしたあなただけです。実際はその先に寂しさからくる男性依存や児童虐待という、深刻な問題があったとしても、あなたが否定しアドバイスしたために、その先の問題を聞くことができなくなってしまいました。

 相手がどんな無知でも、どんな愚かなことをしていても、もっと語るように環境を整えながら、聞き続ける必要があります。聞き手であるあなたが、相手の語りに共感できるか、肯定できるかという主観は、傾聴中はどうでもいい感情として消去します。

 自分の意見は言わない、否定しない、アドバイスしない――それは相手の信頼に応える最低条件となります。

 筆者の目的はあくまでも記事にすることなので、たっぷりと話を聞いたうえで女性を見送りました。

 たとえば相手が恋人だったら生活の立て直し、ソーシャルワーカーだったら虐待の解決、医療関係者だったら精神的な治療に着手するのでしょうか。

 いずれにしても相手に対して、自分の目的を持ち出すのは、相手の語りがゴールに達してからということは強調したいところです。

泣き出す相手には理由を聞く

 この女性とは正反対で、言葉少ないタイプ、沈黙が多いタイプもいます。

 こうした相手の沈黙に焦り、慌てて声をかけたり、なにか質問したりする必要はありません。様子を見ながら進めていきましょう。

 本人から語りを再開することもあるし、様子を見てから質問すれば返答がある場合もあります。

 重苦しい雰囲気がなにか気持ちが悪いのは本人も同じであり、そのまま終わることはありません。相手が泣いても、沈黙があっても慌てず、あきらめないで、粘り強く最後まで聞いていくことが必要なのです。

 また、話を聞いている最中に相手が泣き出すことも珍しくありません。

 おそらく言葉にする前に、その自分自身に起こった事象を思い出して泣いてしまった、という状況です。突然、相手に泣かれると、聞き手には理由がわかりません。自分がなにかしたのか、自分のせいなのかと不安になります。

 このような時にはどうすればいいか。

 結論から言うと、相手が泣いている理由がわからないとき、狼狽しないで「なぜ泣いているのか?」を聞きましょう。

 具体例を挙げます。ある人気セクシー女優のインタビューのとき、彼女は突然泣き出しました。状況的に泣いてしまう要素はなく、理由がさっぱりわかりません。語りは中断、沈黙となりました。

 「どうして泣いているの?」

 しばらく様子を眺めてから、そう質問します。彼女はハンカチで何度も涙を拭いて、息を整えて再び語り出しました。

「ずっと、いい子でいないといけないって思い込んでいました。あまり、わがままとか言えなくて。『お姉ちゃんだから、しっかりしなさい』って、ずっとそう言われて育ちました。親とかまわりの期待に必死に応えようとして、地域や学校でもいいお姉ちゃんの優等生って思われていて、ずっと自分の考えを人に言うってことがなかった」

 清楚な雰囲気から育ちのよさは想像していました。親の過干渉や大人の期待などに縛られて育ち、大人になってから反動で爆発した、みたいなことは彼女たちからよく出てくる「裸になる理由」です。

 彼女に反抗期はなく、ずっと親の言うまま進路を決めていました。就職先も親が決め、遊ぶことも一切しなかったようです。社会人になって、給与だけでは自分の生活を支えられなくなったことがキッカケで水商売の仕事をはじめます。それが親の言うまま生きてきた自分を変えるキッカケになった、という話でした。突然の涙は、過去に自分を抑え込んでいた負の感情が大きいことが理由でした。

 聞き手は相手がどんな状況になっても、冷静に状況を判断しながら語りを継続させなければなりません。泣いている理由がわからなければ、「どうして泣いているの?」と率直に問いかけるだけでいいのです。

 悲しいことを語りながら泣いてしまうケースもあります。語りと涙が同時進行しているときは、共感しながら聞き続けましょう。

中村淳彦(なかむら・あつひこ)
ノンフィクションライター。介護などの現場でフィールドワークを行い、貧困化する日本の現実を可視化するために、傾聴・執筆を続けている。『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)は2019年本屋大賞ノンフィクション本大賞にノミネートされた。

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