“分からないところがあったら質問に来て”はNG 数学嫌いを生む「ありがち発言」5選

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数学嫌いを生む、5つの「NGワード」

 実際、筆者は「数学嫌い」の問題には長く取り組んできた。1990年代半ばから小中高およそ200校での出前授業を行い、現在の桜美林大学で就職委員長を補職としてお引き受けしたときには、後期の毎週木曜日の夜間に「就活の算数」ボランティア授業を開催した。その後継となるリベラルアーツ的にアレンジした授業も担当したし、また筆者のゼミナールには数学教員を目指す学生以外にも、数学嫌いを含む多様な学生が必ず何人かは所属している。

 それらの経験から断言できることは、生徒や学生が算数・数学を本当に好きになる瞬間は、「計算が速い」「試験の点数が良い」などではなく、何らかの概念(問題)を初めて理解(解決)したときとか、「面白い応用例」を自分のものにして喜んだときである。結局、丁寧な説明や生きた題材による応用例が鍵となり、相手の理解度を無視した一方的な説明や、「太郎君」と「花子さん」が登場するような架空のつまらない問題はマイナスである。

 筆者は来年3月に定年退職となり、45年間の大学教員人生の幕を閉じる。非常勤講師を含めると文系理系合わせて約1万5千人の大学生に授業をし(文系・理系が半々)、約1万5千人の小中高校生に出前授業で講演したことになる。大学生や生徒の皆さんから学んだことは多くあるが、とくに「数学嫌い」の問題を考えると、生徒を数学嫌いに導いてしまう配慮に欠けた周囲の問題発言のいくつかが忘れられない。以下、それらの中から5つを列挙しよう。

(1)【「数学の授業で分からないところがあったら質問に来なさい」という親や教師の発言】
 数学は積み重ねの教科である。それだけに、どこかで分からなくなると、その先は全く分からなくなることが不思議ではない。そんな何もかもさっぱり分からない生徒が「質問に来なさい」と言われても、質問のしようがない。分からないところが分からないのだから、生徒からすると「質問に来るな」と言われていると思う。医者の問診を参考にして、生徒がつまずき始めている個所を見付けてあげて、そこを説明してあげる工夫がよい。

(2)【理解が遅い生徒に「やり方だけ暗記してマークシートの数学問題だけ解ければよい」という、なかば同情のような発言】
 自分は「“理解”には向かないで、“暗記”で誤魔化すしかない」というダメ押しの気持ちになってしまうことが多々ある。マークシートの数学問題が解けることと記述式の数学問題が解けることはあまり相関関係がないことを留意すべきである(朝日新聞2004年5月30日の朝刊記事「数学力の判定に疑問」を参照)。数学は理解して論述することが大切であって、答えを当てる教科ではないのだ。

(3)【「家系からいって、あなたは数学には向かない」と、マインドコントロールをかけるかのような身内の無責任な発言】
 前向きな向学心が消えてしまう。その発言の反例となるような親子はいくらでもいる。むしろ、そのような問題発言が、数学に関しては遠慮なく使われていることこそ深刻に捉えたい。

(4)【「数学なんかできたって学校の先生ぐらいしか仕事はない」という発言】
 未だにネットで同様なコメントが多々見受けられるが、世界中で日本でしか言われない発言だろう。学びに関して後ろ向きな気持になる。発言者は、是非、2019年に経済産業省が発表したレポート「数理資本主義の時代~数学パワーが世界を変える」を参照していただきたい。

(5)【数学の苦手な生徒に対して、「そんな問題もできないのか」という上から目線の発言】
 本人は叱咤激励の気持ちがあるのだろうが、こうした言葉を繰り返されると、そんな意図は伝わらなくなる。数学が得意で仲の良い気軽な関係になっているような学生を別にすると、その種の発言は一般に慎むべきである。要は、相手の生徒や学生の状況や気持ちを見抜いて、相手の向学心が一層高まる発言内容を選ぶ余裕が欲しいのである。

 上記に挙げたような発言を避けることが、「数学嫌い」の問題の解決に向けた一つの鍵になるはずである。すなわち、数学嫌いな生徒に対しての発言は、より慎重であることが求められているのだ。

 最後にまとめの一言として、本原稿をもってして、可能な限り「数学嫌いの立場に立つ」を宣言する。

芳沢光雄(よしざわ・みつお)
1953年東京生まれ。東京理科大学理学部(理学研究科)教授を経て、現在、桜美林大学リベラルアーツ学群教授。理学博士。専門は数学・数学教育。近著に『離散数学入門~整数の誕生から「無限」まで』(講談社ブルーバックス)、『AI時代を切りひらく算数~「理解」と「応用」を大切にする6年間の学び』(日本評論社)、『AI時代に生きる数学力の鍛え方―思考力を高める学びとは』(東洋経済新報社)など他多数。

デイリー新潮編集部

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