スティーブ・ジョブズは、なにがなんでもイサム・ノグチが欲しかった!
ノグチを彷彿させる日本の現代作家作品を入手
原さんにノグチの石彫を依頼してから数年後の1996年4月10日。ジョブズは、京都・東山区の骨董街で、とあるギャラリーのガラスドア越しにひとつの作品を凝視していた。
「ブラインドの隙間から、外国の方がじっと店内を見つめていました。あんまり真剣な眼差しだったので、定休日でしたがお入れすることにしたのです」
こう述懐するのは、「ギャルリー正觀堂」のオーナー夫人、金子佳子さんだ。正觀堂では、翌日から始まる文学者、加島祥造の文人画と、彫刻家、大平和正の陶芸作品の展示会を準備中だった。ジョブズがじっと見ていたのは、蹲(つくばい)風の「水器(すいき)」。大平和正の手になるやきもので、水を湛えられ床にじかに置かれていた。
「ガラス越しにご覧になっている間に心を決めたのでしょう、店に入るなり買い求められました」(金子佳子さん)
佳子さんの夫で正觀堂主人の金子勝二さんが、大平和正作品について解説する。
「大平和正さんは1943年生まれ。彫刻家ですが、拠点である三重県伊賀の土を使った陶器にも定評があります。伊賀といっても大平さんの場合、いわゆる伊賀焼とは異なる作家性の強い現代的作風。ざっくりとした肌触りの焼き締めで、彫刻風で禅的な趣があり、どこかイサム・ノグチ作品を彷彿させます」
この日ジョブズは「水器」のほかに、「花器(かき)」と「陶箱(とうばこ)」と合わせて3点の大平作品を購入した。都合100万円ほど。さらに、翌日と翌々日にもジョブズは正觀堂を訪れた。
「最終日に『大平さんに頼めないか?』とある注文をされたのですが、なんともスケールが大きすぎてーー」
と、金子さんが苦笑いした。
正体を知って「しまったなあと思いましたよ」
それもそのはず、なんとジョブズは、作家自身に渡米してもらい、自邸リビングの壁面に、水が流れる構造の作品を創作して欲しいと注文したのだ。当時、金子夫妻も、展示会の現場にいた作家その人も、ジョブズが何者なのかを知らなかった。
当の大平和正さんが26年前を振り返る。
「なんやあまりに急な話やし、話のケタも普通じゃないということでお断りしました。後で、たくさんの人から『アホやったな』とからかわれた(笑)」
ジョブズの訪問から約1年後、金子夫妻は「京都新聞」にジョブズの記事を発見し、その正体を知った。
「しまったなあと思いましたよ、正直(笑)。何年か経って、ある方を通じて話を復活させようとしたものの、ジョブズさんからは『もういいです』との返事でした」
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