がん患者をだます「エセ医学」の罪深さ 専門医が教える「最高の治療」「最低の治療」(3)

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 がんの治療では、手術にせよ抗がん剤にせよ何らかの不都合、副作用を覚悟しなければならないのが常である。

 そんな時、「食事だけで治るかも」と言われたら心引かれるのは無理もない。

 しかし、長年がん治療に携わり、またがん関連の情報を積極的に発信し続けている医師の大場大さん(東京目白クリニック院長)は、「食事療法」は危険だ、と強く訴える。少なくとも「〇〇だけでがんが消える!」などというコピーを信用してはいけない、と。

 大場さんの新著『最高のがん治療、最低のがん治療 ~日本で横行するエセ医学に騙されるな!~』(扶桑社新書)をもとに、患者や家族が知っておくべき「エセ医学」についての常識を紹介しよう(以下は、『最高のがん治療、最低のがん治療 ~日本で横行するエセ医学に騙されるな!~』の一部を再構成したものです)。

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「○○のみでがんが消える」に要注意

 現状、日本では「エセ医学」そのものに対する法的規制はありません。また、そのような科学的根拠のないもので商売をしている公益性に背く医療関係者は、海外のように資格免許がはく奪されるようなこともありません。一方で、藁にもすがりたいという思いから、「身近なハウツーでがんを克服したい」と、いわば低リスク高リターンに期待する患者さんの心理バイアスというものがあります。そして、そこにつけ込む悪質なビジネスが世にまん延しています。

 しかし、冷静に考えてほしいのは、真の利得はないことがほとんどで、あるのは「偽りの希望」だということです。「免疫力アップ」という表現を軽々しく使用する者、「○○のみでがんが消える」と主張する者、気軽に「あきらめないで」とささやく者には、くれぐれも気を付けたほうがいいでしょう。

――牛肉はダメだけど牛乳はいい。いや牛乳はNGですが乳製品は効能があります。糖分はがんの餌だから絶対ダメです。だけどたくさんの果物摂取は必須ですよ。低体温はがんによくないけど、体が冷えても野菜ジュースは大量に飲むべし。野菜に含まれるβカロテンの過剰摂取は発がんリスクあるけどね。塩は厳禁、岩塩はOK。昔の日本食、とくに縄文時代の食事はよかった――なんのこっちゃです。

 このような表現にみられる「がん食事療法」は、国内では定着したビジネスモデルとなり、書店の「家庭の医学」コーナーに行けば、それを扱う多くの書籍が棚を占めているありさまです。なかにはベストセラーも多く、明らかに患者さんに悪影響を与えているものも少なくありません。

ゲルソン療法はトンデモ

 なかでも有名なのは、ゲルソン療法です。「がんになるのはがん細胞が好む悪い食事を取っているからだ」と1930年代にドイツ人医師・ゲルソンが提唱したもので、トンデモ療法にほかなりません。

 具体的には、天然の抗がん剤と称して1日に計2~3もの大量の野菜ジュースを患者さんに飲ませ、厳格に塩分を禁じ、カリウムとビタミンB12、甲状腺ホルモン、膵酵素を補給させるものです。極めつきはコーヒー浣腸で、肝臓のデトックス効果と代謝を刺激して自然免疫力をアップさせるといいます。

 これまでに多くの死亡例や重篤な副作用が報告され、欧米では代替療法としてこれに近づかないよう通告もされる、危険なオカルト療法扱いとなっています。

 この食事療法に頼ってしまったために、何の効果もないどころか、下痢、衰弱、電解質異常、そして急速ながんの悪化など、大切なQOLまでも奪われてしまった患者さんを筆者は何人も知っています。そして、皆ゲルソン療法を選んだことを後悔しながら命を落としていきました。国内でもこれに似た食事療法をすすめるトンデモ医師は数多くいるのですが、彼らは他にもエセ免疫細胞療法や高濃度ビタミンC点滴療法、高額サプリメント販売などの詐欺的ビジネスにも積極的に加担していることがほとんどです。

 ゲルソン療法を模倣したゴンザレス療法(膵酵素、多種サプリメント、コーヒー浣腸、大量の有機野菜ジュース)というものがあり、米国で転移性膵臓がん患者を対象に、標準治療vsゴンザレス療法の比較試験が行われました(Chabot JA, et al. J Clin Oncol 2010; 28: 2058-63)。

 倫理的に途中で中止された臨床試験でしたが、結果は、食事療法を行った患者集団のほうが生存期間を大きく縮めたのみならず、患者のQOLを著しく悪化させることも示しました。要するに、ゴンザレス療法は不利益しか与えていなかったことになります。

「がんが消える」「がんが自然に治る」にみられるセンセーショナルながん克服本のようなものを手にする際には、批判的吟味を賢く働かせながら、妄信しないよう慎重に読み進めていくことを心がけてほしいと思います。

ビタミンCでがんは治らない

「高濃度ビタミンC療法」も、がんビジネスの代表的なものです。医療技術としては、高用量のビタミンCを静脈から点滴投与するだけのものですが、保険適用外の自由診療で、治療費は決して安価ではありません。主に美容系クリニックなどで提供され、疲労がたまったときに投与すると、一時的に「元気が出る」効果があるようです。

 しかし、これが「がん免疫力アップ」「がんに効果がある」と宣伝されているとしたならば、大きな問題です。何やら怪しげな免疫療法や遺伝子治療などを展開しているクリニックのほとんどで、必ずオプション治療として紹介されています。

 なかには「抗がん剤の副作用を和らげる効果」あるいは「高濃度ビタミンCは体に最もやさしい抗がん剤の一種です」などと謳っているクリニックまである始末です。何度も繰り返し投与することがすすめられ、気付くと「高濃度ビタミンC療法」だけで月に数十万円もの請求が来るそうです。

 しかし、冷静に考えてみましょう。がん患者さんにとって本当に効果が期待できる治療であれば、保険診療として受けることができ、積極的にがん専門病院でも推奨されているはずです。ところが、そのような状況にはなっていません。それは一体なぜでしょうか。高濃度ビタミンC療法を行うクリニックの宣伝文句には、必ずといっていいほど、「ノーベル賞を受賞したポーリング博士の業績」というキャッチフレーズが登場します。何も知らない患者さんは、「高濃度ビタミンC療法はノーベル賞級の優れた治療なのだ。抗がん剤と違って体にやさしいから、受けてみよう」と思われるかもしれません。

 しかし、ここで明確にしておきたいのは、ライナス・ポーリング博士はノーベル賞を受賞していますが、それは化学者としての業績と平和啓蒙活動の一環に対し与えられたものです。決してがんに対する高濃度ビタミンC効果の業績が認められたからではありません。

ポーリング博士の研究は恣意的で再現性なし

 ポーリング博士が高濃度ビタミンC療法の効果について、「胃がん・大腸がん・肺がん・乳がんなど、さまざまながんを患った治癒が困難な患者100人を選択して、高濃度ビタミンC療法を実施した結果、投与されていない同じようながん患者データ千人と比較してみると、全生存期間が平均で4~7倍も延長した」(Proc Natl Acad Sci USA 1976; 73: 3685-89/ Proc Natl Acad Sci USA 1978; 75: 4538-42)と論文で報告したのがすべての始まりです。しかし、この研究結果には、元気で都合のいい患者のみが選ばれ(選択バイアス)、恣意的な作業が働いていたとみなされています。

 これが本当に科学的真理であるならば、偶然の出来事ではなく再現性があるはずであり、有効性を検証するために、メイヨークリニックがんセンターの腫瘍内科医師を中心とする研究グループが、ランダム化比較試験を行いました。メイヨークリニックとは、米国にある有名な医療機関です。「高濃度ビタミンC」と「砂糖水を用いたプラセボ」(偽薬)を比較した臨床試験が2度にわたって行われた結果、いずれも高濃度ビタミンCの有効性どころか、QOLの改善すら見いだすことができませんでした(N Engl J Med 1979; 301: 687-690 / N Engl J Med 1985; 312: 137-41)。

 この試験をしたモーテル氏は報道取材に対し、「生存利益どころか、誰ひとりとして高濃度ビタミンCによってがんが縮小したケースはない。QOLも改善しない。ポーリング氏の行った研究成果は信頼に値しない」と発言しています。メイヨーの研究チームによって高濃度ビタミンCのがんに対する効果が完全に否定されたエピソードです。

 それから40年以上たった現在も、高濃度ビタミンC療法が「がんに効く」という客観的なエビデンスは存在していません。

 しかし、がんビジネス商品として「高濃度ビタミンC療法」を扱うクリニックの医師たちの多くが、メイヨークリニックが行ったランダム化比較試験で使われたビタミンCは経口投与のものであり、静脈投与しないと高濃度にはならない、とクレームをつけますが、彼らは決まって素人ばかりです。そして、さらに「高濃度ビタミンC療法」を扱うクリニックの医療内容をみると、必ずインチキ免疫療法も同時に行っています。

 本当に効果が認められている治療法は保険適用の対象になる。患者さんやご家族はまずそのことを忘れないでいただきたいと思います。

【 第1回目を読む:がんの「ステージIV」イコール「末期」ではない 専門医が教える「最高の治療」「最低の治療」(1) 】

【 第2回目を読む:がん患者をカモにする「最低の治療」に注意せよ 専門医が教える「最高の治療」「最低の治療」(2) 】

大場 大(おおば まさる)
1972年、石川県生まれ。外科医、腫楊内科医。医学博士。金沢大学医学部卒業後、がん研有明病院、東京大学医学部肝胆膵外科助教を経て、2021年に「東京目白クリニック」を開設。順天堂大学医学部肝胆膵外科非常勤講師も兼任。著書に「がんとの賢い闘い方―「近藤誠理論」徹底批判」(新潮新書)、「東大病院を辞めたから言える「がん」の話」(PHP新書)、「大場先生、がん治療の本当の話を教えてください」(扶桑社刊)などがある。

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