【舞いあがれ!】登場人物は普通の人々、物語も劇的ではない…それでも視聴者の胸をうつ理由
舞に慰められた祥子
祥子はやっと舞と会えた。一緒にいられる。心が躍っていたはずだ。その気持ちを、休止していた凧づくりを舞と一緒に再開させることで表した。
祥子は夢中で凧をつくった。渡せる目途が立ったからだ。けれど、祥子はうれしさの余り、失敗をしでかす。この第8話では釣り客を岩礁まで船で送迎する瀬渡しの仕事をしていたのだが、迎えの時間を忘れてしまった。遅刻だ。釣り客は烈火の如く怒った。
祥子は防波堤で腰を折り、「申し訳ありません」と謝った。傍らにいた舞が心配した。
「おばあちゃん、大丈夫」(舞)
「失敗してもうた……」(祥子)
気落ちする祥子。飛行機に乗り遅れた釣り客のチケットなどの用意もしなくてはならず、年老いた祥子には余計に痛かっただろう。すると舞は両手で祥子の右手を握りしめ、こう慰めた。
「おばあちゃん、失敗は悪いことじゃないんやろ」(舞)
祥子は第7話でビワの収穫やジャムの瓶詰めで失敗し、気落ちしていた舞に向かって、「失敗は悪いことじゃなか」と励ましていた。
今度は慰められた祥子は「およ(五島弁で『そうだ』)」と短く答え、舞を力一杯抱きしめた。ようやく会えた幼い孫に励まされたのだから、感無量だったに違いない。
舞もうれしそうに祥子にしがみついた。夕暮れ前の防波堤だった。逆光なので2人の姿はほぼ影になっていた。きれいな映像だった。やはり余計な説明は一切なかった。
舞は五島で祥子と暮らして変わった。祥子に厳しくされる一方で励まされたことで、自分の気持ちを素直に言えるようになった。気後れしないようになった。
説明するまでもなく、自分の思いを率直に言えるようになったのは祥子も同じである。それに観る側は気づかされる。祥子は会いたくてたまらなかった舞に会い、ありったけの愛情を降り注ぎ、舞からも愛されることで、強ばっていた心がほぐれた。
第9話だった。五島の友人・浦一太(野原壱太[9])から凧揚げに誘われた舞は「失敗が恐い」と思い、断る。それを聞いた祥子はこう言った。
「ばあちゃんもいーっぱい失敗したとよ。めぐみのことだって、そうたい。めぐみにも舞にも会えんかったとさ」(祥子)
めぐみとの諍いを「失敗」と認め、悔いるようになった。舞と会うまでの14年間には口にできなかった言葉である。頑なだったから、めぐみとの和解が叶わなかったのだ。
祥子は舞に対し、こうも言った。
「自分の気持ちを大事にせんと」(祥子)
祥子がどこまで自覚していたかは分からないが、この言葉は自身に向けられたものでもあった。
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