ユニークな商品群をそろえて製粉から総合食品会社へ――前鶴俊哉(ニップン代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】
画期的な紙トレー
佐藤 昨年、日本製粉からニップンに社名を変更されたのは、こうした幅広い分野の食品に展開している実情を受けてのことですね。
前鶴 はい。もちろん製粉は製粉で大事な事業ですが、その割合は連結売上高の3割ほどです。その他にプレミックスやパスタ、冷凍食品、ソイルプロのような食材やまた健康食品もあります。今後は総合食品会社「ニップン」として、さらに幅を広げ、大きく成長させていきたいのです。
佐藤 脱プラスチックにもいち早く取り組まれています。
前鶴 トレー入りの冷凍食品で業績が伸びてきましたから、そこは考えないといけないところでした。もちろん安くて扱いやすいのはプラスチックですが、環境についての意識が高まりつつあったので、紙に変えました。
佐藤 2001年のことですから、かなり早いですね。環境を考える雰囲気が社内にあったのですか。
前鶴 そうですね。一方、世の中で「環境」が前面に出てきたのは、紙トレーにしてからちょっと経った頃でしたね。
佐藤 大きな流れになったのは2010年代でしょう。
前鶴 プラスチックのトレーは誰でも作れます。それを差別化して、他社がまねできないものをまず考えた。そして紙のトレーができたら、そこに付加価値をつけられないかと、「森林認証」されている紙を使うことにしたんです。これらは、上からの指示ではなく、みな現場から出てきたものです。
佐藤 同じトレーでも、主食とおかずが一緒に載っていると、形に工夫が必要になります。
前鶴 その通りで、紙のトレーは仕切りがつけられません。ですが原料パルプを水に溶かし、モールド(金型)に流し込み、紙に凹凸を付けて仕切りのあるトレーを作り出した。この「モールド・トレー」を数年前から使用していますが、これはかなり画期的な技術なんです。まだコスト面などで課題がないわけではありませんが、どんどん世の中に広めていきたいと思っています。
佐藤 ここにも独自のアイデアがある。それが実現するのは、たぶん現場と上層部の風通しが非常にいいからでしょうね。
前鶴 風通しはいいですよ。どんな商品でも、最終的に社長が食べて決める、なんてことはありません。私のところに来るものは、どれを食べてもおいしい。開発する人を信頼していますし、いろんなアイデアが出てきたら、それは大事にしたいと思っています。実際に開発部門を担当していた時から、そうした視点で仕事をしていました。
佐藤 前鶴社長は農学部出身です。技術系出身であることも関係しているのかもしれない。大学では何を専攻されたのですか。
前鶴 食品工学です。それで食品会社を選び、会社ではずっと生産分野で仕事をしてきました。
佐藤 工場ですか。
前鶴 はい。生産技術を磨くのが仕事で、工場のラインを更新したり、新工場を建てたりしてきました。お客様からの「ご指摘」があると、お客様のところに行って、現場の立場からご説明させていただいたこともずいぶんあります。また海外へも留学させてもらいました。
佐藤 どちらに行かれたのですか。
前鶴 30代前半に、スイスの製粉学校へ半年ほど通いました。
佐藤 チューリッヒですか。
前鶴 チューリッヒの東にあるサン・ガールという街です。近くに世界的な製粉機械メーカーの工場があるんですよ。
佐藤 それは貴重な経験でしたね。
前鶴 海外は、アメリカのモンタナ州にも2年いました。2000年に現地のパスタ会社を買収し、新たに立ち上げた時です。経営をどうするか、人をどう処遇するかなど、さまざまな課題に向き合いました。
佐藤 雇用環境も違いますし、そもそも文化が違うでしょう。
前鶴 そうですが、結局アメリカ人も同じ人間だな、と思いましたね。日本人からすると、アメリカ人は陽気に見えますが、全員が陽気なわけではない。すごくシャイな人もいる。
佐藤 それだけ密に付き合ったということですね。
前鶴 現地にはブルーカラーとホワイトカラーがいて、ホワイトカラーは指示するだけで、なかなか現場では動きません。でも私どもはやっぱり日本式で、繁忙期やトラブルがあると、手伝いに行く。それは彼らにとって異常なことだったと思いますが、気持ちは伝わります。
佐藤 それはそうでしょうね。
前鶴 人種は違っても人間である以上、メンタリティーはそんなに変わらない。そう学んで帰国しましたね。
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