風狂、枠をはずせ! スティーブ・ジョブズが謎の日本人禅僧から体得したスキル 釈徹宗×柳田由紀子・対談

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坐禅で「直感が花開く」(スティーブ・ジョブズ)

釈:こんな宗教は世界でも珍しいです。釈迦は、この世を「苦」と捉え、「苦」を徹底的に分析、臨床しました。インドで生まれた仏教と、東アジアで花咲いた禅は、同じ仏教でも異なる体質を持っています。禅は、釈迦の緻密さに較べてもっと直感的。

柳田:あっ、ジョブズもそう言っています。あまり禅について語らなかった彼が、坐禅をすると「直感が花開く」と、これはハッキリ言っています。もっとも弘文さんは、ある法話でジョブズについて「1時間以上坐っていられない悪い修行者」と、笑っていましたけれど。

釈:禅には、直感と直感が繋がれなければ本物が伝わらないという思想があります。「不立文字(ふりゅうもんじ)」といって、文字や言葉よりも体験や直感こそ純粋で真髄であると。仏教は、今、この瞬間に何をするかを鍛える修行をしますが、禅は「今、ここ」の意識がとりわけ強い。そういった行動をする弘文さんから、ジョブズは多くを学び血肉にしていったはずです。

柳田:釈先生は、坐禅されたことがありますか?

釈:もちろん。ただ、私は瞑想の世界に入り込みやすいようで、日常が希薄になってしまったんですね。車を運転していても、地に足が着かないというか。それで怖くなって中断したことがあります。子どもの頃からうわの空で、通信簿はいつも「心ここにあらず」、そういう性格だから(笑)

柳田:私は反対です。頭でっかちなのか、坐禅していても意識がありすぎて。ほんの時たま、「あれ、今さっき何も考えてなかったかも」と感じる瞬間があって、ひとりひそかに喜んだりするのですが。

釈:ふふ、そうやって坐っている柳田さんって、かわいいかも(笑)

人生の主人公は自分だ

釈:ジョブズが、スタンフォード大学で行った有名な講演があるでしょう?

柳田:はい、2005年6月卒業式の式辞。

釈:あそこでジョブズは、「私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけます。もし、今日が人生最後の日だとしても、今からしようとすることを私はしたいだろうか?」と、語りましたけれど、「瑞巌(ずいがん)主人公」という公案を彷彿させます。これは、「瑞巌の彦和尚、毎日自ら主人公と喚(よ)び」に始まる話で、つまり、毎日、自分で自分に「主人公よ」と呼びかけて、自ら「はい」と答えるという。「主人公」とは本当の自分自身を指しますが、自分を探し、自分を鍛え、自分で生きよという禅の教えです。禅は、自己否定を内包すると同時に、自分が主人公という意識が大変強い。ジョブズにはしっくりきたでしょう。

柳田:そうすると、ジョブズは枠を外すこと、直感力を磨くこと、自分が主人公の意識、こういったことを禅から体得したことになりますか。ところで、先生、ジョブズが心血を注いだアップル製品に、禅の心は入っていると思われますか?

釈:アップル社の思想やその製品に、禅や弘文さんの影響がないと考える方が不自然ですよ。ジョブズは、iPhoneでパソコンを脱構築しました。そのことにより、人類の時空間や世界観は脱構築されたのです。これは誠に禅。なんてたって、禅はあくなき脱構築ですから。

芸術新潮」(2022年10月号)では、特集記事「風狂、スティーブ・ジョブズが愛した日本」を掲載している。
(一部、敬称略)

釈徹宗(しゃく・てっしゅう)
1961年、大阪生まれ。浄土真宗本願寺派・如来寺住職、相愛大学学長。専門は、比較宗教学、宗教思想。著書に、『天才 富永仲基 独創の町人学者』(新潮新書)、『いきなりはじめる仏教生活』(新潮文庫)ほか。

柳田由紀子(やなぎだ・ゆきこ)
アメリカ在住ライター。1963年、東京生まれ。日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した評伝『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』が先月、集英社文庫より刊行。訳書に『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』(集英社インターナショナル)ほか。

デイリー新潮編集部

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