展望台フェチが勝手に決めた暫定世界一とは? 写真を撮りたくなるエンターテインメント空間のカラクリ(古市憲寿)

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 新しい街を訪れると、決まって展望台へ行く。その土地に住む一人一人の顔が捨象される代わりに、「街」そのものを体感できる気がするからだ。エッフェル塔、上海タワー、ケルン大聖堂、千葉ポートタワーを始め、少なくとも数十の展望台に昇ってきたと思う。

 このたび、暫定世界1位の展望台が決まったのでご報告する。2021年、ニューヨークの超高層ビル「ワン・バンダービルト」にオープンした「サミット」だ。実はこのサミット、高さはそれほどでもない。ワン・バンダービルト自体、ニューヨークで4番目の高さのビルで、展望台は335メートル。それなのに入場料は円安ということもあり5千円以上。

 ニューヨークでいえば、エンパイアステートビル、ワンワールド、エッジといった展望台にも行ったことがあるが、満足度はこのサミットが断トツである。

 何がよかったか。一言でいえば、エンターテインメント空間として完成度が高いのだ。入場すると、大型モニターで映像を見せられる。91階へ向かうエレベーターでは、照明を使ったショーで来場者を楽しませる。実は、ここまでは近年完成した展望台の「標準装備」。エレベーターの四方に大型モニターを設置して、映像を流すというアイデアは珍しいものではなくなった。

 サミットが楽しいのはここからだ。単純なアイデアなのだが、メイン展望室の床も天井も全てがガラス張りなのである。人間やニューヨークの街並みが鏡で反射し合い、まるで異次元にでも迷い込んだかのような錯覚を抱かせる。手元にスマホがある人は「SUMMIT NY」で画像検索してほしい。ノルウェーに本拠地がある建築事務所スノヘッタのデザインだ。

 さて、このサミットで現代人が何をするかといえば、ひたすら写真を撮りまくる。寝転がったり、窓にもたれたり、ジャンプしてみたり。一人ぼっちの来場者も多いが、鏡のおかげで写真を撮るには困らない。大量の銀色の風船が浮かぶインスタグラマーやTikToker向けとしか思えないような部屋もある。

 恐らくサミットの設計者は気付いていたのだと思う。人は展望台に一瞬で飽きるということに。確かに高いところから街を見晴るかすのは楽しいのだが、何十分も虚心坦懐に眺望できるわけではない。

 しかもニューヨークにおいて、ただ高いことはもはや珍しくない。高さ300メートル以上のビルだけで20近くある。それなら高所を生かしたアトラクションの方が現代人向けだ。

 だがふと思う。本当に91階まで昇る必要はあったのかと。鏡張りの空間に、ニューヨークの街並みを投影するだけで現代人は十分満足してしまうのではないか。少なくとも、写真では見分けがつかない程度の場所を作るのは、技術的に難しくないだろう。その代わり、場所の希少性は減り、SNSにアップする意味も薄くなる。

 わざわざニューヨークのサミットへ行ったからこそ自慢できるのだ。まるでこのエッセイのように。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年10月13日号掲載

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