ウクライナ危機よりも心配な米国の病 内政に潜む自滅のリスクとは

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薬物の問題も

 銃犯罪以上に深刻なのは薬物中毒の問題だ。

 米上下両院の合同経済委員会は9月28日、米国の薬物中毒問題についての報告書を公表した。それによれば、コロナ禍の時期に薬物中毒による死者がさらに増加したため、薬物中毒がもたらす経済的損失額は2020年だけで1兆4700億ドルに上った。2019年の損失額(4870億ドル)の3倍以上となっている。

 CDCは8月「2021年の米国人の平均寿命は前年より約1歳短くなって76.1歳となり、1996年以来の水準にまで落ち込んだ」との暫定値を発表した。平均寿命が短くなった主な要因は新型コロナと薬物の過剰摂取だ。

 モルヒネに比べて100倍の強さと言われる合成オピオイド系のフェンタニルなどが出回っていることが死者数が急増している要因だ。純度100パーセントなら2ミリグラムで死に至るといわれている。

 パンデミックが始まってからの2年間で薬物の過剰摂取による年間の死者数は40%以上増加した。2020年3月までの1年間の死者数は約7万5700人だったのに対し、2022年3月までの1年間の死者数は約10万9200人となっている。

 米国では以前から薬物使用が問題となっていたが、コロナ禍がこの問題をさらに悪化させた。パンデミック下で多くの米国人が精神的な苦痛や経済的な困窮、社会的孤立感などが引き起こす「うつ」的な感情を紛らわすために薬物に手を出したからだ。薬物に縁遠かった多くの人が薬物中毒になったのだ。

 薬物中毒による死者数は新型コロナによる死者数の4分の1の規模に上り、足元では1日当たりの薬物中毒による死者数が新型コロナの死者数を上回るようになっている。

 年代別で見てみると死者が20代から50代の働き盛りの世代に集中していることがわかる。2021年12月に公表された民間調査によれば、18~45歳の死因の第1位が「薬物の過剰摂取」になった。

自滅のリスクは内政に

 全米安全評議会によれば、生涯のうちオピオイドの過剰摂取による死亡する確率は現在、自動車事故や自殺により死亡する確率より高くなっている。

 若者にも薬物被害が広がることが懸念されている。米麻薬取締局は8月「カラフルに着色されたフェンタニルが米国の若者をターゲットとして使用されている」として警戒を促した。18州で着色されたフェンタニルが押収されている。

 バイデン政権は9月23日「オピオイド禍への対策に15億ドルを拠出する」と発表したが、「焼け石に水」の感は否めない。

 社会問題の深刻化は政治に悪影響を及ぼすのは世の常だ。

 11月8日投開票の中間選挙まで1ヶ月を切ったが、米国が誇る民主主義に対する信頼感は揺らぐばかりだ。英歴史家のニーアル・ファーガソン氏は2019年に「我々が生きているのは『デモクラシー』の世界ではない。感情が理性に勝る『エモクラシー』の世界だ」と警告を発したが、最もエモクラシーに蝕まれている先進国は米国だろう。

 政治は情念で動くことがしばしばだが、米国の党派対立のエスレートぶりを見るにつけ、「世界を代表する民主主義国家が自壊してしまうのではないか」と背筋が寒くなる。

 米国の自滅のリスクは外交の分野ではなく、内政に潜んでいるのだ。

 冷戦後に世界を主導してきた米国が建国以来の危機に陥れば、国際社会は群雄割拠の時代に突入してしまうのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部

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