兜町の風雲児「中江滋樹」が語っていた田中角栄 「目白に3千万円持って行かせたが…」
いまや国際社会のなかでも“ひとり負け”の感が否めない日本経済だが、わずか30年前には未曾有のバブル景気に列島が沸き立っていた。当時、日本の地価の総額はアメリカ全体の4倍ともいわれ、土地・株・カネが飛び交う狂乱のなか、得体の知れないバブル紳士が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、数多のスキャンダルが世の中を賑わせた。令和の世とは何もかもがケタ違いな、バブル期を象徴する人々が関わった“事件”を振り返ってみたい。
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バブルという「狂乱の時代」の前夜に一世を風靡したのは、「投資ジャーナル事件」で逮捕され、2020年に66歳でこの世を去った中江滋樹氏。政財界に幅広い人脈を誇った「風雲児」が明かした田中角栄元総理との秘話とは――。(本記事は「週刊新潮 別冊〈昭和とバブルの影法師〉2017年8月30日号」に掲載された内容を転載したものです)
中江滋樹。63歳。あの時代に暗躍した、いわゆるバブル紳士たちのなかでひときわ若い。しかも、いわゆるバブル景気は通説では1986年に始まったとされるが、中江が「投資ジャーナル事件」で逮捕されたのは85年だった。のちに凶悪事件を引き起こす新興宗教の教祖を彷彿とさせる、年季が入ったかのような風情は、実は、そのとき31歳にすぎなかった。
早熟の天才がバブルを準備した──。真相はそれに近いといえようか。
「バブルはアホでも儲かった時代。でも、バブル前の80年代はさ、まだ迷いの時代なわけよ。そこで銭を稼いであんだけ使った俺ってすごいでしょ、って言いたいんだけどね」
そう述懐する中江の風貌に、「兜町の風雲児」と呼ばれたころのカリスマ性はないが、湧き出る自信は、いまも萎んではいない。
「日本は戦後復興から地道にやってきて、商社とか自動車や電気の会社が外貨を稼いで日本を豊かにしていったわけじゃん。相場でも“最初は処女のごとく、終わりは脱兎のごとし”と言うけど、最初はみんな地道に儲けて、80年代にちょっと裕福になった。すると財テクが土地の高騰を呼び起こして、円高で過剰流動性ができて、みんなモノ作るより土地転がしたほうが儲かるって、浮かれきっちゃった。俺で言えばさ、地道に株の勉強してたのに、レポートが当たって毎日バッカバカ金が入って、それ持って飲みに行くようになった。それのでっかいやつがバブルってことよ」
結果、中江は7800人の一般投資家からおよそ600億円を集めるほどになるが、84年、無許可で株式取引を取り次いだ容疑で摘発され、海外逃亡を試みるも、翌年逮捕され、89年には詐欺罪で6年の実刑が確定するのである。
小学生で株に手を染め、高校時代にはそれなりに儲けていたという中江が、株の道に生きると決めたのは、のちに接点ができる田中角栄総理による、列島改造の大相場の時代だった。高等教育を受けていない“今太閤”に倣ったわけでもなかろうが、大学よりも株を選んだのだった。
「滋賀の近江八幡から京都の予備校に通ってたの。国立大学を受けるつもりでね。だけど、都会の土地は上がると思って、18歳で京都に家買ったわけ。そしたら親が、その家を結婚する兄貴に貸してくれって言うのさ。いやになって、夏期講習の最後に名古屋に家出したの。で、三愛経済研究所ってとこで、朝から晩まで各銘柄のチャートを引く仕事をさせてもらった。スティーブ・ジョブズが“プログラムの本をガキのときに勉強したのが後々役に立った”とか書いてたけど、それと一緒でさ。株漬け、チャート漬けの日々で、三愛に出入りしていたすごい相場師の人たちに薫陶を受けたりしてね。で、3年して、京都に“2×2”っていうコンサル会社を作ったの」
本当ならまだ学生だったはずのころ。だが、高校時代に全国模試で3番を取った数学力が生きたという。
「俺は証券界に数学持ち込んで、それが当たって入会者が殺到したの。俺が唱えたのは確率論で、要は10倍になる株を見つけるよりもね、2割ずつ儲けるのを10回繰り返したら十何倍になるってこと。毎日、現金書留が、ハサミで切るのがしんどいくらい届いたわけ。で、バサッと持って祇園、っていうか木屋町に飲みに行った」
たちまち東京、名古屋、大阪にも支店を開設。24歳で上京し、東京支店を投資ジャーナルと改めた。ガリ版刷りの会員誌「月刊投資家」を、雑誌として整えて書店に置くと、爆発的に売れた。こうして中江は「兜町の風雲児」の異名を得るとともに、投資ジャーナルは急成長を遂げる。
「最盛期は従業員が2千人も3千人もいてさ、関連会社が200もあった。50社が大きい子会社で、そのトップ50人とだけ会議をして、俺の思想や相場観を伝えてたんだよ。たくさん会社を作ったのは、今だから言えるけどさ、事件になった金融業は灰色だと思っていたわけ。本当はビクビクして生きてて、その分、部下にはお前たちにはチャンスをやるから、とね」
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