夏ドラマ「ベスト3」 黒沢明の作品を彷彿とさせる「石子と羽男」が従来のリーガルドラマと違う点

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 7月期の連続ドラマが終了する。評判高い作品があった一方で、批判まみれになった作品もある。話題にすらならない作品もあった。プライム帯(午後7時~同11時)の作品群の中からベスト3を選んでみたい。

「石子と羽男-そんなコトで訴えます?-」(TBS)主演・有村架純(29)、中村倫也(35)

 山本周五郎原作で黒澤明が映像化した「赤ひげ」を彷彿とさせた。「赤ひげ」に登場する小石川養生所の医師・新出去定は医療によって庶民を助けた。利益は度外視した。

 一方、「石子と羽男」の場合、「潮法律事務所」に所属するパラリーガルの石子こと石田硝子(有村架純)と弁護士の羽男こと羽根岡佳男(中村倫也)が、法律で市民を救おうと躍起になった。やはり儲けは二の次だった。

 石子と羽男が対峙した相手は大半が巨悪ではない。それでも観る側を引き付けたのは市民たちが大切にしている「愛」を2人が守ろうとしたからだ。

 例えば第2話「未成年者取消権/小学生がゲームで29万課金!?」ではシングルマザー・相田瑛子(木村佳乃)と1人息子・孝多(小林優仁)の母子愛を守ろうとした。だからゲーム課金による金銭的被害を食い止めただけでなく、石子は母子世帯が受けられる補助金を調べ、その一覧を瑛子に渡した。

 こんなことをしても「潮法律事務所」は1円の儲けにもならない。場面に派手さもない。これまでのリーガルドラマなら挿入されそうにない場面である。

 しかし、この地味な場面をあえて描いたのが生きた。2人が依頼人たちの「愛」を守ろうとしているのがヒシヒシと伝わってきた。

 第6話「告知義務違反/幽霊マンションから夫婦を救え」で石子が双子の父親・高梨拓真(ウエンツ瑛士)にべビーシッターの補助制度を教えた場面もそう。育児ノイローゼ気味の妻・文香(西原亜希)の負担を軽減することで家族愛を支えようとした。

 若い2人が金も地位も求めず、市民が大切にしている「愛」を守ろうと奔走したのだから、観る側の胸を打たないはずがない。リーガルドラマ大国の米国にもこんな作品は見当たらない。新しいリーガルドラマの誕生だった。

 弁護士を特別な存在にしなかったところも良かった。パラリーガル・石子と弁護士・羽男の関係は対等だった。むしろ記憶力しか長所のない羽男は論理的な石子を頼りにしていた。

 大半のリーガルドラマはパラリーガルを格下扱いで描く。道化にしてしまう作品すら存在するが、この作品は違った。これが作風を清々しくした理由の1つである。

 それにとどまらない。「潮法律事務所」は全員が対等だった。所長の潮綿郎(さだまさし)と元事務所アルバイトの大庭蒼生(赤楚衛二)を含め、上下関係がなかった。羽男は大庭を「オオバッチ」と親しみを込めて呼び、上から目線で話したことがなかった。

 大庭が勤務先「ナカマル」の刀根社長(坪倉由幸)に騙されていたと知った羽男は「アホかっ!」(第9話)と叱ったが、嫌味がなかった。羽男が友人としてそう口にしたからだ。

 依頼人も石子、羽男と対等。こういうリーガルドラマもなかった。だから依頼人と弁護士側の駆け引き、腹の探り合いがなく、事件やトラブルを描きながらも作風が爽やかになった。

 一方、笑える場面もふんだんに散りばめられたのも良かった。例えば第7話。両親のいない境遇で育った少女・川瀬ひな(片岡凜)に対し、羽男が黒板を使って刑事事件と民事事件の違いを教えていると、石子が「書き順が違いまーす」と突っ込んだ。気勢を削がれた羽男。こういう場面が一服の清涼剤になり、肩が凝らずに観られた。

 石子と羽男がお互いに相手を異性としてどう見ていたのかは判然としなかった。これは洒落ていた。男女が出てくると、すぐに恋愛話が絡んでくるドラマはもう古いだろう。世間を見れば分かる。男女の付き合いは恋愛抜きのほうがはるかに多い。

 出色の作品に仕上がったのはもちろん出演陣の演技が素晴らしかったからでもある。有村架純の演技は安定感抜群。生真面目な女性役の第一人者と言っていい。

 中村倫也の演技は絶品と言うほかない。これから先、ドラマ、映画、演劇は中村抜きにして語れない時代が続くと見ている。紳士役もうまいが、羽男のような変人役は絶妙だ。

 TBS系「闇金ウシジマくんSeason3」(2016年)の洗脳詐欺師・神堂役に驚かされ、同「凪のお暇」(2019年)のゴン役に唸らされた。これからも難役を軽やかにこなし続けるだろう。

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