巖さんがはいていたことにされた「緑のブリーフ」の矛盾【袴田事件と世界一の姉】

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「何でもあり」の判決文

 静岡地裁の判決文を見てゆく。犯行時の着衣がパジャマから「5点の衣類」に変わったことについて以下のようにしている。

《1.パジャマ〈1〉に関する供述について
 被告人は、藤雄ほか三名を刺した際は、パジャマ〈1〉を着用していた旨供述しているが、これが虚偽の自白であることは、前記第一、(二)、(三)で指摘した事実に照らして明らかである。これは、右供述の当時(九月九日)、末だ前記〈89(筆者注:ステテコ)〉ないし〈93(同:緑のブリーフ)〉の着衣類が発見されず、パジャマだけであったため、まず検察官が、被告人は犯行(殺傷)の際にパジャマを着用していたものだという推測のもとに、被告人に対してパジャマの血液等についての説明を求めたため、被告人は、前記〈89〉ないし〈93〉の着衣が未だ発見されて居ないのを幸いに、検察官の推測に便乗したような形で、右のような供述をするに至ったものと認められる。》

 突然、犯行着衣が変わった不自然さを問うこともなく、「『5点の衣類』が見つかっていないから、パジャマだと嘘を言っていた」としてスルーし、「検察官の推測に便乗した」などとごまかすとは呆れる。「殺した時に着ていたのはパジャマだろ」と巖さんを責め立てたのは警察だったというのに。

 ころころと変わった動機の不自然さについても全く検討せず、「母と子と3人で暮らす金が欲しかった」としただけである。

 判決文の後半部分を紹介する。

《他方、検察官が主張する事実のうち、
 イ、藤雄方に侵入してから、藤雄と格闘するまでの詳細な経緯および格闘の具体的状況の詳細
 ロ、ちえ子、扶示子、雅一郎を刺した順序およびその具体的状況の詳細
 ハ、〈89(筆者注:5点の衣類のうちのステテコ)〉ないし〈93(同:緑色のブリーフ)〉の衣類を一号タンクに入れた際の具体的な状況およびその日時の詳細
 ニ、パジャマ〈1〉を着た場所および経緯、犯行後のバジャマの後始末の詳細
 ホ、パジャマ〈1〉右肩に存する損傷の生成時期及び生成原因等の諸点のうち、
 ハ、については全く根拠がなく、その他、イ、ロ、ニ、ホについての証拠としては、被告人の検察官に対する自白が存在するだけである。そして、右の各点に関する被告人の自白は、その内容自体に不合理な点は認められないが、他にこれを裏付ける証拠がないのでそれだけで自白どおりの事実を認めるにはちゅうちょせざるをえない。

 従って、当裁判所は、右イないしホの各点については、明確な結論に達することかできなかった。

 しかしながら、本件において右のイないしホについて明確な結論に達しえず、従ってこれらの各点についての検察官の主張は何れも認めなかったことが、被告人が少くとも判示(罪となるべき事実)記載の限度の犯罪の犯人であることについて、合理的な疑いを抱かしめるに足りるものとは認められない。

 以上の次第で、当裁判所は、被告人が第一回公判以来終始否認してきたにも拘らず、判示(証拠の標目)挙示の証拠を総合して、判示(罪となるべき事実)記載の犯罪事実の存在およびその犯人が被告人であることの何れについても、合理的な疑いを超える程度に証明が尽された、との結論に達したのである。》

《検察官の主張は何れも認めなかった》なら、「合理的な疑いを抱かしめる」で締めるのが自然な日本語だろう。弁護団の小川秀世事務局長によれば、「文意は、検察の主張が認められなかったからといって巖さんが犯人であることについて合理的な疑いがあるとまでは言えない、ということ。要は、ちゃんとした証拠はないけれども強盗殺人事件の犯人ではある、という意味です」とのこと。しかし、証拠がないのに「有罪で死刑である」という合理的理由はまったく明確にされていない。

 読み進めれば「これなら無罪」と思わせる判決文が、根拠も示さずに突然、文章術のレトリックで有罪、死刑に転じてしまうから恐ろしい。こんなことが許されるなら裁判官は「何でもあり」になってしまう。まさに初めに結論ありきで無理を通した判決文だから変になっているのだ。

 小川氏は「要は当時の弁護人が、『5点の衣類』など様々な疑問点を厳しく追及していかないから、裁判所はそうした疑問点をスルーできてしまった」と指摘する。スルーできたのはメディアが書こうとしなかったからでもある。パジャマの血痕について「科学捜査の勝利」など県警の提灯持ち記事を書き立ててきた手前、公判中も「5点の衣類」にはほとんど触れなかった。

 判決文の前段は、警察と検察の供述調書の証拠採用についてページを割いた。警察の調書28通すべてを「任意性がない」と証拠排除した。検察の自白調書17通も16通を排除し、1通だけを採用した。吉村英三検事が「検察は別だから警察の調べにはこだわらなくていい」と巖さんに伝えたことを法廷証言したことが拠り所だが、証拠もない密室でのやり取りだ。

 奈良女子大学名誉教授の浜田寿美男氏は、「警察の調べから独立などしていないことは明らか。裁判所はすべて排除したら有罪判決が書けないから1通だけ証拠採用した」と指摘する。1通は排除された供述調書からできているのだ。

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