進む「開かれた鉄道」 上野駅のディスプレイが“ガタンゴトン”と表示するワケ
やさしい日本語
エキマトペと同じく、JR東日本管内では7月から常磐線の快速電車内で“やさしい日本語”による案内を開始した。“やさしい日本語”と言われても、大方の人は馴染みがなくピンとこないかもしれない。
鉄道業界には多くの専門用語・業界用語がある。鉄道会社で働く人や鉄道ファンなどがそれらを使うことはあるが、やさしい日本語はそうした専門用語・業界用語を通常の日本語に置き換えたものでもない。
やさしい日本語は、「出入国在留管理庁と文化庁が共同で作成したガイドラインに基づいた言い回しの日本語」と表現するのが妥当かもしれない。
「やさしい日本語を導入することになったのは、阪神・淡路大震災をきっかけに政府や自治体等でも伝わりやすい日本語の導入が進んでいたからです。JR東日本では、常磐快速線を担当している我孫子運輸区の乗務員が発案しました。そうした経緯から、試験的に常磐線から導入することになりました」と説明するのはJR東日本東京支社総務部広報課の担当者だ。
やさしい日本語による案内は7月から開始されたが、その準備は2019年から始められている。言うまでもなく、翌年に開催を控えていた東京五輪で訪日外国人観光客が増えることを見込んでいた。
「車内放送は文字を使うことができず、音声だけで情報を伝えなければなりません。そのため、どのような言葉で伝えるといいのかを悩みました。実際に、日本語を勉強している外国人の意見を聞いてみたいと考え、新潟県南魚沼市にある国際大学を訪問し、そこで海外からの留学生に聞いてもらうなど試行錯誤して文案を作成しています」(JR東日本東京支社総務部広報課担当者)。
やさしい日本語のガイドライン作成に出入国在留管理庁が関わっていたり、訪日外国人観光客が増える東京五輪を見込んで導入していること、はたまた留学生に意見を聞いて文案を探ったりしたことなどを踏まえると、やさしい日本語の導入は日本語に不慣れな外国人に向けた取り組みのようにも思えるかもしれない。
しかし、前述したように鉄道には専門用語や業界用語がたくさんある。事態を迅速かつ正確に伝えようとすれば、これらを使うのが望ましいだろう。しかし、乗客に対しての情報は厳格な正確性にこだわる必要性はあまりない。
「輸送障害」と表現するよりも、多くの人には「遅延」で通じる。小学生に対してなら、もっと平たい「遅れている」という表現の方が的確に伝わるだろう。それは大人だって同じだ。文字で変換すればわかる言葉でも、音声だけだと即座に理解できない言葉は多々ある。
現在、JR東日本管内でやさしい日本語による音声案内は常磐線の快速電車のみとなっているが、導入路線を拡大することも検討されているという。
これらひとつひとつは些細な取り組みで、その効果は決して大きいとは言えない。それでも小さな取り組みを積み重ねることで、社会は少しずつ変わっていく。生活の中の小さなバリアを見つけて、解消することにつなげる鉄道は社会を如実に映す鏡のような存在なのかもしれない。
大半の鉄道利用者は、鉄道を単なる移動手段としか見ていないだろう。もちろん、利用者はその認識で問題はない。しかし、私たちが知らないところで、鉄道各社は万人に使いやすくなるための努力と工夫を重ねている。
こうして私たちが気づかないうちに“開かれた鉄道”へと近づき、そして社会全体が便利になっていく。
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