ミドリムシの会社からSDGs実現のための会社へ――出雲 充(ユーグレナ代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】
ミドリムシを原料にしたCO2排出量実質0のバイオジェット燃料で、ついに飛行機やヘリコプターを飛ばすことに成功したユーグレナ。同種の燃料はすでバスやフェリーに使われ、一般販売も始まっている。健康食品から始めて燃料事業も軌道に乗せた、日本を代表するベンチャーは次にどこへ向かうか。
***
佐藤 ユーグレナ社といえば日本のベンチャー企業の代表格で、微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)を原料とした健康食品で知られています。同時にユーグレナを使ってSAF(Sustainable Aviation Fuel=持続可能な航空燃料)を製造し飛行機を飛ばす計画を立てられ、大きな注目を集めてきました。それがついに実現しましたね。
出雲 昨年6月に弊社で開発したSAFであるバイオジェット燃料「サステオ」を使い、鹿児島空港から羽田空港まで90分のフライトを行いました。また今年の3月には富士山静岡空港から県営名古屋空港間のチャーター便で使用し、6月にはエアバス社製ヘリコプターの飛行も実施しました。
佐藤 開発を始めてから、どのくらい時間がかかりましたか。
出雲 10年以上ですね。本当に長かったです。こんなに大変なことだとわかっていたら、やらなかった(笑)。
佐藤 最初はみんな半信半疑でした。
出雲 初めてユーグレナ油脂を原料の一つにして飛行機を飛ばすと言った時は、周りの人に頭がおかしくなったんじゃないか、と思われましたね。でも私は、そんなにおかしなことを言っているつもりはありませんでした。そもそも化石燃料は、石油も石炭も、さまざまな動植物の死骸が堆積し、そこに地層の圧力が掛かってできたものじゃないですか。
佐藤 それが数百万年かけて石炭や石油になった。
出雲 その期間を現在のバイオテクノロジーでギュッと縮めて作った、それだけのことですからね。
佐藤 確かにそうですが、それが実現するとはみな考えられなかった。時間がかかったのは技術面ですか。
出雲 いえ、苦労はしましたが、燃料自体は比較的すぐにできたんです。
佐藤 では、時間がかかったのはどこの部分でしょう。
出雲 航空燃料は、アメリカの「ASTM D7566」規格(国際的な標準化・規格設定機関であるASTM Internationalが定めるバイオジェット燃料の製造に関する規格)が基準になっています。
佐藤 つまりアメリカで承認されなければならないわけですね。
出雲 その通りです。その「ASTM D7566」に、現在はバイオジェット燃料の認証項目がAnnex1から7までありますが、当時はまだ五つしかありませんでした。五つの中にユーグレナ由来の油脂を原料に使うという項目はもちろんなく、新しくAnnex6規格を作ってもらわねばならなかったんですね。そのために何度も申請をして、ようやく2020年に認められました。
佐藤 「サステオ」はCO2排出が実質ゼロということですが、どんな燃料なのですか。
出雲 使用済みの食用油とユーグレナ等の藻類由来の油脂を混ぜたものです。普通、1リットルの石油を燃やすと2.6キロのCO2が出てきます。「サステオ」も燃やすと石油と同様にCO2を出しますが、原料となる使用済み食用油の原材料である植物も、ユーグレナも、成長過程で光合成によって同量のCO2を吸収します。ですから、実質CO2排出量ゼロ、カーボンニュートラルなのです。
佐藤 新聞によると、製造コストが1リットル1万円とかなり高いですね。
出雲 いま横浜市の鶴見に「サステオ」を製造するプラント(工場)がありますが、実証用(試験用)のプラントで非常に小さなものです。だから価格が高くなってしまう。これを年間25万~50万キロリットルを作れる一般の石油コンビナートと同様の大きさにすれば、製造コストを1リットル200円未満にすることができます。それを示すために、25万キロリットル規模の工場を準備しているところです。
佐藤 それが完成すると、事業としてはもう一段先のフェーズになりますね。
出雲 一段というか、最終フェーズですね。そのプラントができたら、この仕事は終わりです。あとは大手の石油会社などに作り方をお教えして、世界中のプラントで「サステオ」が製造できるようにすればいい。そうなると、CO2の排出はゼロに近づきます。
佐藤 一番難しい「0から1を生む」ところを担われたわけですね。
出雲 そうです。とにかく燃料のスペックが安定し、飛行機に入れられるようにするまでがもっとも大変です。そして飛行機が飛べば、みんなの認識が変わります。
佐藤 非常にお金がかかったのではないですか。
出雲 「サステオ」は、時間もお金も手間もかかりましたね(笑)。お金でいえば、ユーグレナ社の利益の大半を、この事業に投資してきましたから。
佐藤 同じ「サステオ」の名前で、次世代バイオディーゼル燃料も作られています。こちらは今年から継続的な一般販売を開始されています。
出雲 6月から名古屋の「名港潮見給油所」で販売を始めました。これには常に「次世代」の言葉を冠しているのですが、それは、これまでのバイオディーゼル燃料とはまったく違うものだからです。いまあるバイオディーゼル燃料は「B5」と言って、95%が石油で、バイオ燃料を5%以上使えません。実はこれまでに5%以上のバイオ燃料を使用したことで車が故障したり、排ガス規制を満たさなくなるということがありました。そのため、B5規格ではありますが、「バイオ燃料で車が壊れた」という記憶がまだ生々しく残っている方がいらっしゃると思います。
佐藤 こちらはゼロどころかマイナスからのスタートだったのですね。
出雲 ええ。でも私たちが作っている次世代バイオディーゼル燃料は、「B100」です。含有率100%にしても車は故障しませんし、排ガス規制においても、軽油と同等の基準を満たしています。B5規格とはまったく違うのです。
佐藤 この燃料はすでにバスやフェリーなど、さまざまなところで使われているそうですね。
出雲 西武バスに使用いただいていますし、実証プラントのある鶴見で走っている、京急グループの川崎鶴見臨港バスでも使用いただいています。ここでは沿線の小学校の子供たちに「SDGs(持続可能な開発目標)を達成した未来」というテーマで絵を描いてもらい、バスにラッピングしています。
佐藤 これから一気に広まるんじゃないですか。
出雲 ええ、「ユーグレナ、意外といいじゃん」となっていくのが非常に楽しいですね。やはりサステナブル(持続可能)をきちんと社会の中で実現できたことは大きい。
佐藤 理念は現実にならないと意味がありません。出雲さんはその解を常に考えているところが素晴らしい。
出雲 それがベンチャーやスタートアップの存在意義であり、使命ですから。
[1/4ページ]