五輪汚職事件の最中に「バッハ詣で」、JOC「山下康裕」会長に大義はあるか
儲かるイベント
私は東京2020招致に一貫して反対していた数少ないスポーツライターだから、この状況で2030札幌五輪招致を応援する立場にはない。しかしあえて、「支持率向上の特効薬はないか」と問われたら、例えばひとつの提案は持っている。
それは、札幌五輪開催にあたって、「税金は一切、使わない」と約束することだ。1984年のロサンゼルス大会が「商業化の原点」とよく言われる。だが、当時の商業化と現代の商業五輪には決定的な違いがある。
76年のモントリオール大会が約3000億円もの赤字を出し、市が破綻する危機に瀕した。オリンピックの開催都市は破綻するという恐れから、84年はロサンゼルス以外に立候補がなかった。このままではオリンピック運動そのものが消滅する。そうした危機感の中で、「オリンピックを持続可能な事業にするため」、商業化が導入された。結果的に大成功、ロサンゼルスは直接的には一切、税金を投入しなかった。その成功を機にオリンピックは儲かるイベントとなり、次第に変質する。
東京2020などは、税金を使わないどころか、国や都が積極的に税金を投入し、広報宣伝ツールとして輸出拡大など産業振興の目的に使った。オリンピックは表向きの主役だが、政府の思惑は別のところにあった。その目論見はコロナ禍で見事に雲散霧消し、本末転倒の利権構造が国民の前に晒される結果となった。
そんな中で、札幌2030も多額の税金を投入し、国や北海道の目論見のために、国民を巻き添えにするなど、理解が得られるはずがない。
問題の核心は
東京2020実施に対して国民の多くが反対したのは、もちろん「コロナ禍拡大の不安」が第一だった。次いで「多額の税金の投入」への疑念と反感だ。もし「税金の投入」を一切しないと約束できたら、反対を叫ぶ人たちの何割かは、振り上げた拳をおろす可能性がある。そのために、どんなビジネスモデルを構築できるか。札幌五輪招致を進めるなら、せめてその具体案を明らかにしたらどうだろう。あの時代にロサンゼルス大会にできたことが、2030年の札幌にできないとは思えない。
国民の理解を得るための方策はほかにもある。例えば、東京2020の中止が議論された時、「IOCと東京都が締結した開催都市契約は不平等で、重要な決定権はすべてIOCにあって東京は従うしかない」という実態も明らかになった。その苦い経験を生かし、「世界的なパンデミックなど国民生活に支障をきたす状況が生じた時は、開催地の判断で大会の中止または延期を提案できる」といった権利を確保することは、道民、国民の安心材料になるのではないか。そういうことにさえ思いが至らないのか。
ここでひとつ、大きな疑問に気が付く。一体、JOCの山下会長は、スポーツの立場を代表しているのか、国の手のひらで動く道化者なのか? 実はここに問題の核心がある。
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