国民に歓迎されると思ったのに…「国葬」即断で岸田首相が犯した大きすぎる「2つのミス」

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統一教会の影響

 岸田首相の気持ちは分からないでもないが、冷静さを欠いた状態での判断だったことは間違いない。

 岸田首相の決断が裏目に出たのは、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の要因も大きい。当初、大手マスコミは「統一教会」の名称を避けて報道していた。だが、7月11日に田中富広会長が会見を開いてからは方針を一変させた。

「その後、自民党と統一教会の癒着が堰を切ったように報じられました。統一教会は霊感商法や信者に対する献金の強制で、日本から資金を吸い上げて韓国に送金していました。また、教祖・文鮮明(ムン・ソンミョン=1920~2012)の天皇制を軽んじる発言も残っています。本来、自民党の支持層は新興宗教にアレルギーを持っていますし、天皇に対する暴言も許すはずがないのです」(同・ベテラン記者)

 統一教会の報道が増えるにつれ、自民党支持者だけでなく、当初は安倍元首相の死を悼む気持ちが強かった一般有権者も考えを改めていった。

 岸田首相が判断ミスを犯した原因として、“前例”を無視したことも挙げられる。デイリー新潮は7月13日、「安倍元首相の国葬案に賛否両論 吉田茂という前例も“高いハードル”」の記事を配信した。

「国民葬」の誕生

「記事では日本大学名誉教授の岩井奉信氏が取材に応じ、『明治維新以降、天皇陛下は一貫して国葬だったが、戦後、国葬令が失効し、首相で国葬となったのは吉田茂(1878~1967)だけだった』と指摘しました。こうした前例の積み重ねに、《日本人の「政治センス」》が読み取れるとしたのです」(前出の担当記者)

 戦後、首相経験者の葬儀に国費が使われた例として、「国葬」、「国民葬」、そして「内閣・自民党合同葬」がある。国葬は吉田茂だけというのは前に見た通りだが、経緯を確認しておこう。

「吉田茂の国葬を決断したのは、当時の首相・佐藤栄作(1901~1975)でした。ところが、吉田の国葬に、多くの有権者が反発しました。佐藤栄作が死去した時も国葬が検討されましたが、野党などが反対したこともあり、『国民葬』とすることで妥協が図られました。主催者は、内閣、自民党、そして国民有志というものでした」(同・担当記者)

 国葬の場合、費用は全額、税金から捻出される。佐藤栄作の場合、国が全額負担をしないことで有権者の理解を求めたと言っていい。

 産経新聞といえば保守的な論調で知られるが、安倍元首相の国葬が決定する前、興味深い記事を掲載している。

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