コロナ直撃の鉄道とホテルの新たなビジネスモデル――後藤高志(西武ホールディングス社長)【佐藤優の頂上対決】

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アセットライト

佐藤 西武グループのもう一つの柱であるホテル事業はいかがですか。こちらもコロナの影響をもろに受けています。

後藤 週末を中心に戻ってきてはいますが、都内のシティホテルの平均稼働率は50%弱。野球で言えば3、4、5番のクリーンナップである芝公園の「ザ・プリンス パークタワー東京」や高輪・品川エリアのホテルは、コロナ前には80~90%ありましたが、今はまだ50%を行ったり来たりです。

佐藤 それではまだ厳しいですね。

後藤 リゾートホテルはシティホテルより戻りが早いのですが、それでも60%前後です。こちらは地域的なバラツキがあり、軽井沢は、週末ならコロナ前の水準に戻っています。一方、北海道はインバウンド中心だったこともあり、戻りが遅いですね。

佐藤 ホテル事業については、アセット(資産)の保有を減らし、財務負担を軽くする「アセットライト」を進めて話題になりました。

後藤 これまでプリンスホテルは、アセットオーナー(資産保有者)とオペレーター(運営者)を兼ねていました。しかしコロナ禍により、固定資産を持つリスクが高まったため、分離したのです。4月からプリンスホテルは、ホテル運営に特化した「西武・プリンスホテルズワールドワイド」になりました。ここでは国内外85のホテルを運営し、今後10年間で250カ所に増やすつもりです。ちょうど先日、ニューヨークの老舗ホテル「ザ・キタノホテル ニューヨーク」を「ザ・プリンス キタノ ニューヨーク」として運営することが決まったところです。

佐藤 一方、所有物件のうち31物件を外資に売却しました。

後藤 GICというシンガポールの政府系ファンドと売買契約を交わしました。売却したホテルの雇用、名称は維持します。また残りのホテルは、グループ内の不動産会社「西武リアルティソリューションズ」に移し、そこで管理します。

佐藤 アセットライトは、コロナ禍が始まってすぐに決められたのですか。

後藤 ええ。2020年1月に中国でコロナが流行し始めた時、直感的に大変なことになる、と思いました。私は銀行出身ですから、まずは固定費を減らして損益分岐点を下げようとした。でもすぐにこれまでのビジネスモデルでは立ち行かないと思い、アセットライトを決断しました。

佐藤 大きな決断でしたね。

後藤 それまでプリンスホテルがアセットオーナーでありオペレーターである、というビジネスモデルがうまくいっていましたからね。ところが今回のパンデミックで、隠れていた弱点が炙り出された。オーナーはさまざまな固定費を負担しなければなりません。これまでは売り上げがどんどん伸びていましたから、その固定費を吸収できましたが、コロナで固定費が水面上に現れてしまった。今回のような大きなパンデミックは約100年前のスペイン風邪以来ですが、小規模なものならSARS、MERS、そしてコロナと20年間に3回起きています。つまり6~7年に1度です。そうなると、企業経営においては「レジリエンス(耐久性)」と「サステナビリティー(継続性)」が重要になってきます。

佐藤 グループで保有を続けるホテルもあります。所有と運営のバランスについてはどのようにお考えですか。

後藤 それはこれからの大きなテーマですね。都心なら高輪・品川エリア、そして軽井沢や箱根、富良野といった地域は、西武グループの手で再開発していこうと考えています。

佐藤 都心では赤坂プリンスホテルを再開発されました。

後藤 あの場所はオフィスやホテル、商業施設、賃貸マンションからなる「東京ガーデンテラス紀尾井町」となり、利益が5倍に伸びました。また地域の方にも大変喜んでいただいています。あの一帯は、それまで野菜などの食料品を買いに行く場所がなかったんですね。だからスーパーの成城石井さんに入っていただいたのですが、そうした要望を町内会の会長さんに伺ったり、近隣の学校のPTA会長さんと話したり、あるいは地元のお祭りにも参加するなど、地元にすっかり溶け込んでいます。これを一つのモデルケースとして都心の再開発をやっていこうと考えています。

佐藤 ここでも沿線と同じように地域密着ですね。

後藤 一方、リゾートホテルの方は、「サステナビリティー」です。環境に配慮し、そして地元の方々にも喜んでいただく。その再開発をまずは自分たちで行っていきますが、それを担う西武リアルティソリューションズがどのような総合不動産会社になっていくかにもかかっています。

理念で会社をまとめる

佐藤 このコロナ禍の中での経営も大変ですが、後藤社長は難局にある会社を2度も立て直されています。第一勧業銀行時代は、総会屋への利益供与事件で混乱する会社を立て直した「四人組」の一人として活躍され、その後は反社会的勢力との関係遮断に取り組まれた。また西武鉄道には、有価証券報告書虚偽記載問題で上場廃止された直後に社長として就任されました。

後藤 これはもう巡り合わせと言うしかないですね。それに佐藤さんも同じだと思いますが、そうした状況が決して嫌いではないんですよ(笑)。

佐藤 普通は一回やれば十分だと思いますよ。西武も断ろうと思えば断れたわけですよね。

後藤 善意から断るよう勧めてくれる方がたくさんいました。ただ私は銀行で西武グループを担当していましたし、このままでは立ち行かなくなることはわかっていた。だから自分がつっかえ棒になろうと思ったんです。西武は私も沿線住民の一人であるし、100年以上の歴史がある企業です。そこが存亡の危機にあるなら、自分が何とかしなければならないという思いでした。

佐藤 西武鉄道の社長となった翌年の2006年には西武ホールディングスを作ってグループを再編し、2014年には再上場しました。その後藤さんには非常に強いリーダーシップを感じます。私は外務省時代も含め、さまざまなチームを作ってきましたが、30人くらいが限界で、そこから広げる力がないんです。巨大組織をまとめていくには何が必要なのですか。

後藤 集団としてまとまった戦闘力を発揮できるのは、部ではなくて課単位です。やはり多くて30人くらいの集まりがいい。部では大きすぎます。その部までまとめるとなると、それは「理念」だと考えています。

佐藤 なるほど、企業の方向性を示すことでまとめるのですね。

後藤 私は2006年3月27日に「グループビジョン」を作りました。そのなかの「グループ理念」は、「私たち西武グループは地域・社会の発展、環境の保全に貢献し、安全で快適なサービスを提供します。また、お客さまの新たなる感動の創造に誇りと責任を持って挑戦します」というもので、これを冊子にして全従業員に配っています。そこには「でかける人を、ほほえむ人へ。」というスローガンや社員の価値基準も載っています。私もこれを毎日胸のポケットに入れて持ち歩いている。そして何か困った時、判断に迷った時には、このグループビジョンに戻るんです。

佐藤 この会社は何のために存在しているのか、どうしてこの仕事をしているのか、それを社長から従業員までが共有するわけですね。

後藤 西武グループの従業員は約2万1千人いますから、一人でまとめるなんてことはできません。無理にやれば独裁になります。そうではなく、この理念を理解して実行してもらう。西武グループでは3月27日のグループビジョン制定の日を「ほほえみAnniversary」とし、4月はグループビジョン推進月間にするなど、この理念に立ち返る機会を作っています。こうした理念によってできているのが、いまの西武グループだと思いますね。

後藤高志(ごとうたかし) 西武ホールディングス社長
1949年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。72年第一勧業銀行入行。企画部副部長時代に総会屋利益供与事件で混乱する社内の改革を行った「四人組」の一人。合併して誕生したみずほフィナンシャルグループ常務執行役員、みずほコーポレート銀行副頭取を経て、上場廃止となった西武鉄道の社長に2005年に就任。2006年より現職。

週刊新潮 2022年8月25日号掲載

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