今からでも間に合う「夏ドラマ三選」 英国ミステリー並み「初恋の悪魔」の“真犯人”を考察

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 7月期ドラマが佳境を迎えつつある。ストーリーが中盤を過ぎた連続ドラマを途中から観るのは気乗りしない人が多いかも知れないが、これからでも楽しめるお薦め作品がある。まだ間に合う。そんな3作品をご紹介したい。

日本テレビ「初恋の悪魔」(土曜午後10時)

「ミステリアスコメディー」と銘打たれている通り、愉快な推理ドラマ。だが、回が進むに連れ、哀感が強まってきた。

 その背景には神奈川県警境川署生活安全課の摘木星砂(松岡茉優)が家出少女だった16歳の時、救ってもらった女性・淡野リサ(満島ひかり)の存在がある。

 星砂が家出していたのは10年前の2012年。金が底をつき、困り果てていた。そこへリサが現れ、食事と住まいを提供してくれた。代価の心配をした星砂に対し、リサは「ここの家賃はお金じゃない。おかえり、ただいまって言うことだよ」と答えた。リサの部屋にはほかにも家出少女がたくさんいた。

 星砂にとってリサは恩人。にもかかわらず、星砂はリサから任された大事な金銭の受け取り役を果たせず、そのためにリサや仲間の家出少女たちを窮地に追い込んだ。

 2019年、県警入りしていた星砂は殺人容疑で指名手配されていたリサを救おうとする。一緒に逃走しようと考えた。だが、これも成し遂げられなかった。

 どちらも星砂が2つの人格を持つせいだった。自分の意思志に関わらず2つの人格が入れ替わってしまうため、1つの目的が達成できない。リサをのために動いていた時も別人格になってしまった。

 理由はおそらく解離性同一性障害である。適応能力を超えた激しい心的外傷を受けることにより、1人の人間の中に複数の人格が生まれてしまう。星砂の障害を生んだ心的外傷は育ててくれた祖母の死と家出中の辛苦だろう。

 リサと関わったほうの星砂はヘビ女と呼ばれる。こちらのほうが早い時期から存在する星砂で、フェミニンで軽い。もう1人の星砂はぶっきらぼうでサバサバしている。トレードマークはスカジャンだ。

 ちなみにスカジャンはリバーシブルが多い。まるで2人の星砂のよう。おそらく、この物語ではリバーシブルという言葉が大きな意味を持つ。

 リサは2019年に起きた高校生・吉長圭人(石橋和磨)殺しの容疑者として、同6月に指名手配となり、7月以降に逮捕された。現在は服役中。ヘビ女・星砂は冤罪か「誰かにはめられた」(第6話)と確信している。

 スカジャン・星砂の友人で境川署刑事課の鹿浜鈴之介(林遣都)も真犯人は別にいると思い始めた。鈴之介の隣人の元弁護士で小説家の森園真澄(安田顕)が担当した中学生殺人事件と、犯行手口が酷似しているからだ。

 中学生殺しが起きたのは2017年8月。被害者は塩澤潤(黒田陸)だった。犯人とされたのは矢澤栄太郎(三島ゆたか)というホームレス。やはり服役中だ。同一犯だったら、既に刑務所にいた矢澤には2019年の事件を起こせない。

 そのうえ、2022年になっている第6話のラストで第3の事件が発覚した。これも同一犯だったら、今度はリサが関われない。リサも矢澤も無実で、ほかにシリアルキラー(連続殺人犯)が存在することになる。

 高校生殺しと中学生殺しの共通点は3つ。「どちらの遺体も20カ所前後の刺し傷がある」「全身が濡れていた」「靴を履いていなかった」。

 ほかにも2つの事件には奇妙な一致がある。中学生殺しについて鈴之介は「証拠が多すぎる」(第6話)と不審がった。矢澤の衣服には潤の血痕が付着し、荷物から凶器や潤の財布が発見された。

 高校生殺しも同じ。この事件を担当していた悠日の兄で県警捜査1課刑事の朝陽(毎熊克哉)は少年課刑事だったヘビ女・星砂にこう説明した。

「証拠はすべて揃ってるんですよ」(第6話、回想シーン)

 それほどの証拠を集められるのは真犯人か捜査関係者しかいない。素直に考えたら、最も怪しいのは境川署長の雪松鳴人(伊藤英明)である。

 雪松署長の自宅は中学生・潤の遺体が発見された要川から近い。また、第6話で悠日が主張した通り、当初から朝陽のスマホに拘っていた。これに雪松署長の犯行を裏付ける証拠が収められている疑いがある。

 だが、決定的な証拠はまだない。雪松署長が真犯人と考えるのは早計だろう。第4話までに鈴之介、スカジャン・星砂、境川署総務課の馬淵悠日(仲野大太賀)、同署会計課の小鳥琉夏(柄本佑)の4人が推理した事件も真相は大方の読みとは違った。

 なぜ大方の読みと真相が違ってしまうのか? 鈴之介によると、事件を見る目が「マーヤーのヴェール」で覆われているからである。

 マーヤーのヴェールとは古代インドの哲学用語で、真実の表層にある幻想。つまりは思い込みや常識、「こうあって欲しい」という願望などである。連続殺人事件の真相もこれを剥ぎ取らないと見えてこない。真犯人が予想もしない人物である可能性もある。

 引っ掛かるのは朝陽が2019年7月20日にホテルの屋上から転落死した10日前、始末書を書いたこと。拳銃の銃弾を1発紛失したからだ。第3話で雪松署長が明かした。

 実際には銃弾紛失ではなかったことが第6話で判明。朝陽が逃走を図ったリサに向けて発砲したところ、その銃弾がヘビ女・星砂に当たってしまった。誤射であり、重大な事故だ。

 それなのに銃弾の紛失という処理で済んでしまったのはなぜか。同僚刑事も発砲音を聞いたはずなのに。警察内で組織的な不正が行われた疑いがある。

 朝陽の転落死も謎に包まれている。現場のホテルに朝陽が同僚刑事と訪れたのは強盗の容疑者が潜伏しているという「タレコミ」があったため。ところが容疑者は告げ教えられた部屋に居なかった。

 それに気づいた朝陽が非常階段を使って表に出ると、直後に屋上から落ちてしまう。朝陽と誰かが争った形跡はなかった。第5話で明らかになった。

 このタレコミをしたのは誰か? 当時、リサを助けたい一心で、ヘビ女・星砂は「別の事件の犯人を疑ったり、密告みたいなことをして」いた(第6話)。ヘビ女・星砂がタレコミという手段を使う人であるのは見逃せない。

 仮にヘビ女・星砂が朝陽殺しの犯人だった場合、リサの件で2人は会ったことがあるから、警戒されることなく朝陽に近づけた。現場に争った形跡を残さずに済む。

 第5話で悠日とスカジャン・星砂の間で、こんなやり取りがあった。

「僕は摘木さんを信じます。摘木さんは兄の死とは関係ありません」(悠日)
「そういってくれるのはうれしいけどさ。あたしはもう1人のあたしを信じられないから」(星砂)

 朝陽殺しについてはスカジャン・星砂もヘビ女が犯人ではないかと疑っているらしい。ヘビ女が犯人だった場合、動機はリサを助けるためか。ただし、これもマーヤーのヴェールに覆われた読みかも知れない。

 この物語の行方は第6話でのリサの言葉が暗示しているように思えてならない。「人生で一番素敵なことは遠回りすることだよ」(リサ)

 おそらく鈴之介、悠日、2人の星砂、琉夏も自分探しの旅の遠回り中なのだ。解離性同一性障害と見られる星砂の場合、やがて2つの人格のうち1つが消える。

 ヘビ女・星砂と鈴之介は好意を持ち合い、ヘビ女・星砂は悠日と好き合っているから、どちらかが泣く。スカジャンのリバーシブルのスカジャンが2つの柄を一度には着られないのと同じだ。

 脚本は坂元裕二氏(55)。歯ごたえは英国ミステリー並みかそれ以上である。

次ページ:日本テレビ「家庭教師のトラコ」(水曜午後10時)

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