巖さんの実家で発見された「とも布の謎」 弁護団「痛恨のミス」を検証【袴田事件と世界一の姉】
警察の捏造を否定した古参弁護士たち
田中元弁護士は語る。
「バンドと手袋の捜索という名目でしたが、そんなものは前の年に調べていないはずがない。(捜索したら、たまたま)とも布が出てきてズボンと一致したなんて、そんなうまい話が信じられるはずもない。自白調書を読んだりしていて、私は(捜査機関の)捏造以外ありえないと思っていましたが、実は古手の弁護士さんたちはそうではなかったんです。『推理小説じゃあるまいし』なんていう感じでした。弁護団が捏造を主張し始めたのは小川さん(小川秀世弁護士)が強く言い出してからですよ」と振り返る(一方の小川弁護士は「捏造を強く言い出したのは田中さん」としているが、この2人が捏造説を強く打ち出した)。
小川弁護士によれば、原審からの古手の弁護士は「捏造なんて主張するのは品が悪い。大人の考えることじゃない」「弁護士が『捏造です』などと最初から裁判所に訴えるのは恥ずかしいこと」などと言っていたという。品が悪いとか、恥ずかしいという問題ではないはずだ。
時すでに遅しだが、当初の弁護団が一審段階から「捜査機関の捏造」との観点から徹底的に戦えば、検察・警察は馬脚を現した可能性もある。袴田事件は基本的に、捜査関係者の捏造があったという視点で見れば辻褄が合う。しかし、捏造だと主張しなかったことが警察・検察を利した。捜査機関の捏造を否定しながらの弁護活動には自ずから限界があった。
彼らが巖さんの雪冤のために身を粉にしていたことは事実だ。しかし、現在とは比較にならないほど超難関の国家試験だった司法試験に合格した当時の弁護団にはどこか、国家に忖度するところがあったのだろうか。「弁護過誤」と言っては酷かもしれないが、実は冤罪という悲劇には、多くの場合、当初の弁護側の「失敗」がある。「とも布は味噌漬けズボンと一致しない」との主張は、その典型だった。
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