美川憲一がコロナ禍で初めて考えた「遺言書」 「葬儀もお別れ会もいらない」

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 人生100年時代、誰もが直面する可能性があるのが「おひとりさま生活」である。「おひとりさまの私には、後を継ぐ人がいない」と語る歌手の美川憲一(76)が、コロナ禍で初めて「遺言書」の必要性について考えた理由とは?

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 遺言? ふざけないでちょうだい。人を殺すつもり? 私、90歳までステージに立って歌い続けるつもりなんだから、遺言なんて冗談じゃないわよ!

 ――なんて若い頃は思ってたけど、いまはちょっと違うわね。

 現在76歳。おひとりさまの私には、後を継ぐ人がいないわけじゃない? 知らない親戚が急に出てきて、「私、美川憲一の相続人です」って言われても困るし。だから、元気なうちにそういう準備ってしておかなきゃってね。

 私、いま住んでいる渋谷以外にも、ロサンゼルスにコンドミニアム、バンコクにマンションを持ってるんです。お金は使わなきゃ回らないというスタンスなので、ためずに、宝石でもブランドものの洋服でも物件でも、欲しいと思うものは買ってきた。銀行の通帳って見たことないのよ。で、買ったら買ったで執着がなくなる。買うまでにエネルギーを使っちゃうのかしらね。

 でも、私が死んだら、そうしたものを誰が持っていくんだろう、誰が私のマンションに住むんだろうと考えるとね。私が頑張ってせっせと買ったものを、勝手に売っ払われるのはやっぱり忍びない。おひとりさまだからこそ、遺言のひとつでも書いておかなきゃいけないかなって、最近は考えています。

 コロナ禍の影響もあったのかもしれませんね。家にいることが増えると、あれこれ考えることも多くなるじゃないですか。私、あまり細かいことは気にしない楽天的なタイプなんだけど、そんな私でもさすがにコロナ禍ではいろいろと考えたわよね。

 だからって死にそうなわけじゃないのよ。それどころか、その逆。おかげさまで本当に元気で、いまはどこも悪いところがない。

 6月に中野サンプラザでコンサートをやったんだけど、2時間半休憩なしで、22曲歌い上げましたから。カンペなしで、1曲も間違えないでね。自分で自分を褒(ほ)めてあげたわ。

 カンペに頼ると、それに慣れちゃって歌詞を覚えられなくなるような気がするの。22曲はさすがに不安だったけど、その不安との闘いに勝って無事終えられた。この緊張感って、若さを保つ上でとても大事だと思うんです。

 コンサートをやるにも体が資本。一般の人も努力しているように、私も心身の健康に気を使っています。自分なりにですけどね。

 まず、無理やり飲まされていた若い頃と違って、いまはお酒はほどほどにしています。食前酒として生ビールとかハイボールを1杯くらい。食事は毎日、蒸した温野菜を食べるようにしています。ゆでると栄養分が溶け出しちゃうから。あとはお魚も毎日。

 それとストレスをためない。というか私、ストレスを撥(は)ねのけるタイプなの。

 考えてもしょうがない。

 これが私の精神の健康法。うちの養母がそうだったから。私はワケあって実の母の姉に育てられたんだけど、彼女は毎日パチンコに通って、ちょっと体調が悪いと病院に行ったらガンで、あっという間に亡くなった。亡くなるギリギリまで好きなことやって、その意味で養母はとても幸せな人だった。私もそうありたい。

 そもそも私は運がいいの。そうやって自分に言い聞かせると、それ自体がエネルギーになる。仮に今日つらいことがあっても、明日は変わると自分に思い込ませる。やっぱり、あれこれ考えてもしょうがないのよ。

 あとは体力維持も重要。でも私、スポーツは嫌いだからやらない。だいたい、ゴルフなんかに行くと日に焼けちゃうでしょ。日焼けしないのは、ステージに立つプロとして当たり前のことです。

 なので、通販で買ったマシーンを使って、家で体を動かしています。「ぶるぶるマシーン」。ほら、上に乗るだけで、自動的に体全体がぶるぶる動くやつあるでしょ。あれに乗っかって足を鍛えるのは日課にしています。

 そしてなによりも、健康のためには寝ることが一番だから、とにかく睡眠時間を多くとるようにしています。8時間は寝ないとダメ。10時間でも寝ていられる。年を取ると寝られないってよくいうけど、私は大丈夫。ベッドに入ったらすぐに寝ちゃうの。単純なのね。今朝だって、起きたの午前11時半だもの。

 好きな時間に寝て、好きな時間に起きる。私、自然体で生きているんです。イヤなことはしない。例えば買い物にもよく行くけど、人混みは大っ嫌いだから、混雑しているところには行かない。最近だと感染も気になるし。

「しぶとく生きる」

 買い物は趣味ですね。そもそも外に出ることが好きだから、行く店も決まっていないのに出かけて、たまたま通りかかって気になるお店があったらフラッと入ることもあります。やっぱり、外に出ないで家の中に引きこもっちゃうと、衰えていくのも早いと思うんです。

 そうやってできるだけ外に出て、ブランドのお店なんかに行くと、奥に通されてシャンパンを出してくれたりする。そうするとほろ酔いになって、買わなくていいものも買っちゃうのよ。でも、それでいいの。したいことはする、したくないことはしない。これが私のおひとりさまの生き方だから。

 人間関係でも、苦手な人とははなから付き合わなければいいのよ。イヤな人と会わないようになれば、人を嫌いになったり恨んだりすることもないので気が楽。

 したくないことはしないを突きつめた結果、家事は全部、ふたりいるスタッフにお任せ。私だって料理したら上手なんだけど、別に作るのが好きなわけじゃないから、作らないで済むんだったらそっちのほうがいいじゃない。だって、やりたくないんだからさ。

 もしかして家族がいたりしたら、そうはいかなかったかもしれない。だから本当にひとりでよかったと思います。

 年を取って、伴侶と死別して孤独でふさぎ込むって話も聞くけど、結婚していても別れる時は別れるんだからさ。私、もともとひとりに強いタイプで、寂しいなんて全然思ったことがない。人間、死ぬ時は結局ひとりなんだし。おひとりさまだってなんとかなるのよ。

 死んで花実が咲くものか。死んだらおしまい。元気な時こそ、悔いを残さないようにチャレンジして楽しむ。だから一昨年にインスタグラムを、去年はYouTubeも始めました。で、私のブログのタイトルは「しぶとく生きる」。これ、まさに私自身のことなの。

 生きているうちは与えられた仕事を一生懸命こなすだけ。死んだあとのことなんてどうでもいい。「美川さんが亡くなってから1年です」なんて言って、テレビで私の歌を流してくれることもあるかもしれないし、後輩が曲を歌い継いでいってくれるかもしれないけどさ。でも、たとえ大女優だって忘れられて、いまでは話題にもならないってこと、あるでしょ。それが現実。

 葬儀もご遠慮願いたいわね。お別れ会なんかもいい。だって私、死んでるんだもん。全然興味ないわ。誰かが「あー、美川憲一っていたね」、そう言ってくれるだけで充分。

 でもね、死んだらおしまいだけど、だからってダメよ。私のマンションを勝手に売っ払っちゃ!

美川憲一(みかわけんいち)
歌手。1946年生まれ。65年に歌手デビューし、翌年「柳ヶ瀬ブルース」大ヒットし、72年には代表曲となる「さそり座の女」をリリース。現在、YouTube等に活躍の場を広げている。

週刊新潮 2022年8月11・18日号掲載

特別読物「『死別』『離婚』『生涯独身』…著名人が明かす『おひとりさま』哲学」より

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