「GHQ」キーマンの昭和天皇“免責工作”【新資料発掘】
心理戦のプロで日本通
このように、フェラーズは、天皇を戦争裁判にかけるかどうかの議論の前に、そして天皇・マッカーサー会見をセットする前に、日本人の動揺を鎮め、占領軍が日本政府・国民とコミュニケーションをとるために天皇を利用しようと考えていた。
この発想は尋常ではない。アメリカ軍の将兵もアメリカ政府の幹部も、日本との戦争に勝ったからには、日本のトップである天皇を「裁判にかけ、極刑を含めた刑罰を与える」のが当然だと考えていた。およそこの2カ月前にワシントン・ポストが発表した世論調査でも「天皇をどうすべきか」という問いに対する回答は、「処刑」が33%、「終身刑」が11%、「裁判で決める」が17%となっていた。
では、なぜフェラーズは尋常ならざる発想をしたのだろうか。それは、彼の経歴を見ればわかる。彼はインディアナ州のアーラム大学在学中に交換留学生の日本人女性と知り合い、日本文化とラフカディオ・ハーンに興味を持った。その後、フェラーズはカンザス州フォート・レヴェンワースにある陸軍士官学校に入り、在籍中の35年に「日本兵の心理」という論文を書いている。
これは、簡単にいうと日本兵の心理と神道の関係を書いたもので、現人神(あらひとがみ)である天皇を信じ、死を恐れず、戦死を名誉とする日本兵の考え方の背景には神道があるというものだ。この論文は、陸軍関係者から高く評価され、彼はOSS(戦略情報局=CIAの前身)に配属され、そこで日本兵にプロパガンダなどを行う心理戦を研究した。
この後42年にオーストラリアで開かれた米英蘭豪合同政治戦委員会にOSSの一員として出席したあと当時ブリスベーンにいたマッカーサーの心理戦担当の軍事秘書となった。マッカーサーの反攻が始まり、戦争が激化し、心理戦の重要性が増していくと、マッカーサーの南西太平洋陸軍に心理戦局が新設され、彼はそのトップに就任した。ここでの心理戦は「日本艦隊はすべて撃沈した」等の放送を流して、日本兵の戦意を喪失させたりすることだ。
こうして、日本兵に対する心理戦の指揮をしているうちに彼が学んだのは、日本兵は軍閥に対する非難や誹謗には耳を貸すが、天皇に関するネガティブな言葉には聞く耳を持たないということだ。そこで、彼はプロパガンダにおいて天皇と軍閥を区別し、もっぱら後者を非難・誹謗のターゲットとした。
アメリカ軍にプロパガンダに関する助言を与えていた元駐日大使で国務次官のジョゼフ・グルーも、このような心理を理解していた。彼は、戦争の終わらせ方として、天皇と軍閥を分けて、後者に戦争責任を負わせ、前者は免責するのが、もっとも反発と混乱が少ない方法だと考えた。そして、そのような日本向けプロパガンダをアメリカ陸海軍と共同して行った。
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