「GHQ」キーマンの昭和天皇“免責工作”【新資料発掘】

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 日本が終戦を迎えてから今年で77年――。その後に開かれた「東京裁判」を巡って、巷間マッカーサーは天皇と会談した折、その高潔な人格に感銘を受け免責の決断をしたといわれる。だが、この会談をセットした人物の思惑はあまり知られていない。彼は心理戦の指揮を執っていたプロパガンダのプロだった。その狙いとは何だったのか。【有馬哲夫/早稲田大学教授】※「週刊新潮」2020年8月27日号掲載

 昭和天皇は、極東国際軍事裁判(東京裁判)で裁かれなかった。オーストラリアなどが裁判にかけるよう強く主張したが、容疑者とすらならなかった。

 天皇を裁かないことに決めた2人の重要人物、ボナー・フェラーズ准将とダグラス・マッカーサー連合国軍総司令官は、天皇に戦争責任があるかどうかなど、ほとんど問題にしていなかった。とくに、天皇とマッカーサーのあの歴史的会見をセットしたフェラーズは、意外な理由から、天皇を免責することを決めていた。その理由とは何だったのだろうか。それをハーバート・フーヴァー研究所で私が調査した資料「ボナー・フェラーズ文書」から明らかにしていこう。

 フェラーズは、1945年(以下西暦は下2桁のみ記す)8月22日付で「日本における情報伝播のコントロールのための軍事基本計画」という文書を作成している。占領軍が日本を占領したあと、どのように日本政府および国民とコミュニケーションをとっていくのか計画を立てておこうということだ。

「心理的(計画) 戦争が終わる数日前まで日本人は戦争に勝つと信じていた。真実を知った衝撃は一時的混乱とヒステリーを引き起こすだろう。天皇は依然として日本の宗教的信仰の生きた象徴である。したがって、彼の国民に対する支配力があれば彼らの広範な反応を十分抑えることができるだろう。

 政治的(計画) 天皇はその大権をポツダム宣言の条件の下で制限されてはいるが、連合国軍総司令部の指令をその臣民に伝えるために利用されることになる。」

 この文書から、占領軍が日本政府・国民とコミュニケーションをとる際に天皇を通じて行おうとフェラーズが考えていたことがわかる。日本国民は絶対負けるわけがないと思っていた戦争が敗北に終わって集団ヒステリーになっているので、とても敵である自分たちの言うことなど聞かないだろう。だが、宗教的カリスマである天皇を通してなら、占領軍の情報や命令が伝わるだろうという考えだ。

 天皇を自分たちのスポークスマンとして使おうという発想には驚くが、その前提は、彼を戦争裁判にかけず、その地位に留めることだ。というのも、天皇を戦争犯罪者として裁くならば、彼は、人間、それも罪人だということになり、その宗教的カリスマ性が失われてしまう。そうなれば、日本国民の敗戦ヒステリーを鎮静化させることはできない。新帝をたてるという考え方もあるが、これは相当のリスクを伴う。

 次いで同年9月10日付の司令部宛メモでは、フェラーズが統括するICS(情報伝播局)の「心理戦の目標」として次のことを挙げている。心理戦とはプロパガンダなどで心理操作することだ。

「1.日本の敗北の事実を明らかにすること

2.日本人に戦争責任、残虐行為、戦争犯罪を知らしめること

3.日本人に彼らの軍国主義者が自らの敗北と苦しみに責任があることに気付かせること(後略)」

 この文書によって、占領軍と日本政府・国民の間のコミュニケーションとして、フェラーズが何を想定していたのかがわかる。これらは、のちにCIE(民間情報教育局)が実施する認罪プロパガンダ、すなわちウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)と目的が一致している。WGIPとは、朝日新聞やNHKといったマスメディアや教育を使って、先の戦争に対する罪悪感を日本人に植えつけるプログラムである。フェラーズは、このプロパガンダを行うためにも、天皇が民心を安定させることが重要だと考えている。この文書はこう締めくくられている。

「(前略)日本のファシズムは、敗北を哲学的に受け入れるのを助けるだろう。彼らのエネルギー、産業、責任感、家と家族に対する愛着は安定化要因になるだろう。天皇に対する忠誠心は占領軍の政策を受け入れやすくするだろう」

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