ソフトバンク機密漏洩事件でわかったロシア通商代表部の闇 元公安警察官の証言

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 日本の公安警察は、アメリカのCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)のように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。昨年9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、“スパイの巣窟”と言われるロシアの通商代表部について聞いた。

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 2020年1月25日、警視庁公安部はソフトバンクの機密情報を不正に取得し、在日ロシア通商代表部のアントン・カリニン代表代理(当時52)に渡していた疑いで、同社の部長だったA(当時48)を不正競争防止法違反で逮捕した。

「Aとロシア通商代表部の職員が初めて会ったのは、2015年頃のことでした」

 と語るのは、勝丸氏。かつて公安部に所属していた同氏は、ロシアの諜報活動をウォッチしていた。

「その職員は2017年春に帰国し、その後を引き継いだのがカリニンでした」

“スパイの巣窟”

 貿易や通商の出先機関であるロシア通商代表部の場合、代表と代表代理が外交官だ。

「中でも、2人いる代表代理はGRU(ロシア軍参謀本部情報総局)とSVR(ロシア対外情報庁)の指定席です」

 ロシア通商代表部は他国の通商代表部と違って、外交官の見習いである外交官補が大勢いるという。

「通常、外交官補は外交事務が主な仕事です。ところがロシアは、スパイの“見習い”をさせています。GRUやSVRから若手を外交官補として、日本に送り込んでいるんです。彼らは、ロシアのスパイが日本の協力者と会うとき、尾行者がいないか50メートル離れた地点から監視して、諜報活動を支援する役割を任ったりしていました」

 外交官補は外交特権もなく、赴任しても外務省に届ける義務はない。

「正確な数はわかりませんが、ロシア通商代表部には少ない時で15人、多い時で30人ほど外交官補がいました。そのためロシアの通商代表部は、公安関係者の間で“スパイの巣窟”と呼ばれています」

 逮捕されたソフトバンクのAが通商代表部の職員と出会ったのも、実は外交官補たちの仕掛けだった。

「外交官補は、まずソフトバンクの社員たちが夜どこで飲んでいるか調査したそうです。新橋に居酒屋が数軒あることが判明すると通商代表部の職員に報告。その後職員はその居酒屋へ行き、複数のソフトバンク社員と名刺交換しています」

 もっとも、ロシア通商代表部という肩書の名刺をもらって、ほとんどのソフトバンクの社員は警戒心を抱いた。職員が食事に誘っても断わられたという。

「ところが一人だけ警戒しないソフトバンクの社員がいました。逮捕されたAです。彼は職員と何度も会食し、関係を深めていったのです。そして2017年2月、職員は着任したカリニンを紹介したのです」

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