真犯人が落としたのか?現金でパンパンに膨らんだ「黒革の財布」の謎【袴田事件と世界一の姉】
早々に「無関係」とした捜査本部
捜査本部は極めてのんびりした対応を取り、以下のように結論した。
1 県下の全警察署に財布の落とし主の有無を調べたが、落とし主は現れなかった。
2 被害者方の葬式案内状発信名宛人役133件につき、遺失物の有無を捜査したが、発見できなかった。
3 案内状ハガキに書かれていた「ヨウゲン」の意味を解読できるものはいなかった。
警察は、藤作さんからハガキが送られる予定だと思われた133人に当たるという的外れな「捜査」をした。宛先もなく投函もされていないハガキの落とし主を探すのに、なぜ送り先の候補に当たるのか。ハガキを入手できる人物は藤作さんの家族か、こがね味噌の関係者か、礼状のハガキを印刷した会社の人間などに限られるが、そこを真剣に捜査した気配もない。
当時、「黒革財布」の一件がまったく表に出なかったわけではない。1966年7月26日付の静岡新聞朝刊に《中に大金と橋本さんの礼状 強殺放火に関連? 届け出ぬ財布の落とし主》との見出しで報じられた。
《現金八万三千余円入りのサイフが、さる十二日朝七時半ごろ富士急行バス吉原市駅発国鉄吉原駅行きのバスの中に落ちていたとバスの運転手が吉原署に届け出た。このサイフの中にさる六月三十日未明発生した清水市横砂のみそ製造業橋本藤雄さんら一家四人強殺放火事件のおり、橋本藤作さん名で出した見舞い礼状(はがき一枚)とライターの石がはいっていた。
拾得してからすでに十三日も経過しているのに落とし主が現れない。八万円余の大金を落としていながら持ち主が名のり出ないのは不思議だと、清水の橋本さん一家四人強殺放火特別捜査本部と吉原署は落とし主を捜している。なお礼状のはがきはあて名がなくその他落とし主の手がかりになるものはいっさいはいっていなかった》
記事には落とし主不明の現金8万3千余円入り財布と礼状のハガキの写真が添えられる。
一方、静岡県警の捜査報告書には「秘密漏洩について」として《右拾得物事実は新聞の嗅ぎつけるところとなり、昭和四十一年七月二六日付『静岡新聞』にさる一二日朝七時半頃富士急バス内で(中略)旨の記事が掲載された》と苦々しく書かれている。「嗅ぎつける」と記すからには秘密にしていたものが暴露されてしまったということだ。
真犯人のカモフラージュの可能性
静岡新聞がこの記事を書いたのは、県警がまだ巖さんを「泳がしていた」期間だった。目立つ記事ではなく他紙は追っていない。だが、これだけのことを追わないのもおかしいし、追おうとした記者がいなかったとは思えない。こがね味噌の一家殺人放火事件で強奪された金は、黒革財布の金だった可能性がある。
県警幹部は「こがね味噌の事件とは関係ない」と強調し、記者たちは鵜呑みにしてしまった上、警察幹部の巧みな「誘導」で「血染めのパジャマ」だとか「混合油の鑑定結果」など、違う方向に目を逸らされた。しかし、静岡県警の中に正義感を持つ人物がいて、静岡新聞社に暴露した可能性がある。
本当に落とし物だったのかという疑問は残る。怨恨で橋本さん一家を殺した真犯人が怨恨筋の捜査を恐れて、いかにも強盗だったように見せかけた工作だったかもしれない。あるいは、警察と関係が深い人物が事件に関わっており、さっさと財布を「無関係」にした可能性も捨てきれない。
弁護団の小川秀世氏は「そもそも本当にお金が取られていたのかも疑問。バスで拾われたとされる財布のお金が橋本さんの家から強奪された可能性はないのでは。むしろ怨恨で橋本一家を殺した真犯人が、強盗にカモフラージュした可能性の方が現実的と思います」と話す。
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