真犯人が落としたのか?現金でパンパンに膨らんだ「黒革の財布」の謎【袴田事件と世界一の姉】

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 1966(昭和41)年、静岡県清水市(現・静岡市清水区)で味噌製造会社「こがね味噌」の橋本藤雄専務一家4人が殺害された強盗殺人罪で死刑が確定した袴田巖さん(86)。犯行時の着衣とされた「5点の衣類」に付着した血痕の色の変化を巡り、検察、弁護団、双方の鑑定人に対する東京高裁の証人尋問も終わった。弁護団がやり残したことはない。再審請求へ向けた東京高裁の「差し戻し審」も終盤だ。「事実は小説より奇なり」を地で行く袴田事件。前回の「焼けたお札」に続き、今回は「黒革の財布」に焦点を当てる。事件解決への重要な手掛かりを警察は不可解な対応で闇に葬る。連載「袴田事件と世界一の姉」第22回。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

ひで子さんも応援する日野町事件

 酷暑の中、週に2度(8月1日と5日)も証人尋問の傍聴のために上京した巖さんの姉・袴田ひで子さん(89)。筆者は所用で上京できなかったが、6日の土曜日に大阪で開かれた「日野町事件の一日も早い再審開始を求める支援集会」に参加すると、東京の著名な弁護士、木谷明氏らとともに、ひで子さんは浜松市からリモート参加していた。

 まさに八面六臂。いつものことながら89歳のパワーには恐れ入る。あとで電話すると「大阪も行こうとしたんだけど、コロナの警戒なんかで行かれなくなってしまってね」と残念そう。

 会見で、ひで子さんは「(袴田事件の)証人尋問が終わりました」と報告し、「再審へ向けて頑張っていきましょう」などと笑顔で語った。

 日野町事件は、1984年12月に琵琶湖の東側、滋賀県日野町の酒店の女性店主が殺されて金庫が奪われた強盗殺人事件。事件から3年後に逮捕された阪原弘(ひろむ)さんは無実を訴えたが、無期懲役となり、23年間刑務所に閉じ込められるうちに持病の肺炎の悪化で2011年に獄死した。

 この事件、警察は引き当たり捜査(事件現場に被疑者とともに行き、犯行を再現すること)で、「阪原容疑者が山中の金庫の投棄場所を自ら案内した」とし、これを真犯人しか知り得ない「秘密の暴露」とした。

 ところが、弁護団が証拠開示で捜査時のネガフィルムを入手したところ、警察は写真の往路と復路を入れ替えて裁判所に提出していたことが露呈した。警察は、阪原さんに現地で投棄場所を教えていたのだった。

 さらに大津地裁での裁判では、起訴状通りでは立件が苦しくなった西浦久子検事が、殺害時間も殺害場所も大幅にぼかす内容に訴因を変更してしまう。これは当時の坪井祐子裁判長の示唆だったことを毎日新聞がスクープした(坪井氏は沈黙したが西浦氏は事実を認めた)。

 さらに、阪原さんのアリバイ証言をしていた人たちが警察の策動で次々と証言を翻していたことも判明した。2018年7月に大津地裁が再審開始を決定したが、検察の抗告でまだ再審が開始されない。

 この日は息子の阪原弘次さん、娘の丸山美和子さんはもちろん、「布川事件」の桜井昌司さん、「東住吉事件」の青木惠子さん、「湖東記念病院事件」の西山美香さん、「大崎事件」で6月に再審が却下された原口アヤ子さんの娘の西京子さんの姿もあった。弁護団長の伊賀興一弁護士によれば、日野町事件は「9月にも動きがありそう」とか。

改めて「5点の衣類」の重要性

 本題の袴田事件。証人尋問後の東京司法記者会での会見の映像を「袴田さん支援クラブ」の白井孝明氏から送っていただいた。会見した間光洋弁護士によれば、「検察の鑑定人は、弁護団の実験と実際の味噌タンクの大きさや味噌の量の違いを強調した」という。

 味噌タンクとは、巖さん逮捕から1年以上経過した後、静岡県警が犯行時の着衣とする「5点の衣類」を発見した味噌工場のタンクのことだ。

 静岡県警は、すでに裁判が始まっていた事件の翌年に「犯行時のパジャマ」では立件が不安になり、犯行時の着衣とするために「5点の衣類」を味噌タンクに放り込み証拠捏造したと見られている。筆者も経験があるが(誰しもあるのでは)、何かまずいことをしでかし、それを隠すためにある工作をする。ところがその「余計な工作」が稚拙で却ってばれてしまう。

 袴田事件ではDNA鑑定など相当に議論されたものは生きず、東京高裁に差し戻された際の最高裁からの宿題、「血痕の色の変化を再検証せよ」だけが争点だ。味噌タンクに放置された衣服に付着した血痕の色が赤いままで、黒く変化しないのは不自然だからだ。

 犯行時の着衣の変更は警察の「余計な工作」だが、裏を返せば「5点の衣類」がなければ、2014年に静岡地裁の村山浩昭裁判長が「捏造の可能性」として再審開始決定(2014年3月)することや、それを東京高裁が取り消した後、最高裁が疑問を持って差し戻してくれることはなかったのでは。もちろん、原審でインチキ工作が追及されるべきだったが、今となっては、皮肉を言えば「余計なこと」をした静岡県警に感謝しなくてはならないかもしれない。

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