長期厳選投資が社会のためになるという確信――奥野一成(農林中金バリューインベストメンツ常務取締役兼最高投資責任者)【佐藤優の頂上対決】
高校生に選択の幅を
佐藤 ところでもう一つ教えていただきたいのは、さきほども話に出てきた教育のことです。奥野さんは中高生向けに投資に関する教育を実践されているとか。
奥野 この4月から高校の家庭科の中で金融教育が実施されるようになりました。NVICでは誰からも頼まれていないのに、スライド教材や映像教材などを作りました。それなりに反響もあって、使ってくれている学校もあります。私も講師として赴くことがあります。なんでそんなことをしているのかというと、そもそも日本ではお金の本質が勘違いされているから。金融教育というと、こつこつ積み立てしましょうとか技術論になりがちなのですが、それではいけないと考えています。
佐藤 本質的な問題に触れていないからですね。
奥野 日本の教育は「お金がそもそも汚いものだ」というところからスタートしている。お金をものすごくネガティブに捉えています。そうじゃない、「お金とは“ありがとう”の対価」なんだと。お金持ちになりたかったら、“ありがとう”をどんどん集めればいいんだと思えれば、その子の将来はおそらく変わってきます。技術論を学ぶよりも、最初に「お金とはなんぞや」、「資本主義とはなんぞや」ということを教えていかないといけないと思っています。
佐藤 確かにその通りですよね。
奥野 資本主義の根っこの話をちゃんと高校の時に聞いておく必要があるのではないか。最大の課題は明治時代にできた学校という枠組みの中にある“先生”の限界です。お金はできるだけ触れたくない、お金のことについては言いたくないという人たちがいるので、“お金には近づくな”みたいな教育になってしまう。
佐藤 よくわかりますよ。たとえば裁判官や検察官にしても、年収5千万円以上の奴は悪いことをしているという先入観がある。要するに公務員のトップがもらえる給与の倍ぐらいまでは、もしかしたら民間でももらえるかもしれない。しかし、それ以上は犯罪に近いことをやっているに違いないと。それで「けしからん罪」が適用されるんです。
奥野 「けしからん罪」(笑)。多分、労働者として5千万円を稼ぐのは無理だろうけれど、企業のオーナーだったらできるわけです。
佐藤 でも、起業しなくても、株式を持っていれば、その部分においては資本家になれるわけですね。
奥野 高校生の時に「オーナーになる」という発想を知っているだけで、人生の選択の幅が違ってくると思っています。私は労働者が悪いと言っているわけではないし、資本家がすごいと言っているわけでもない。戦後、社会が壊滅的な状態で、資本家になりましょうと言っても無理なわけです。だから、この国が学校教育を通じて、金太郎飴的な労働者をたくさん作っていったのは、ある意味成功だったと思います。しかし、今となっては2千兆円の個人金融資産を持っているこの国で、その半分が銀行預金や貯金として眠っているのは、先進国の国民としては義務を果たしていないんじゃないかと思いますね。
佐藤 そこが重要なところです。
奥野 私たちには世界を前に進める義務があるんです。そのための投資です。銀行預金しかしない人は他人にお金を任せられないんです。
佐藤 それには信頼がベースになりますからね。
奥野 だから、高校生に話す時には、ディズニーに投資をするというのは、ミッキーマウスに働いてもらうことなんだと。ミッキーマウスにお金を預けることなんだと話をします。すると、みんな「そういうことか」と、ちょっとわかってくれる。やっぱり言い方の問題も大切ですね。
佐藤 ミッキーのたとえは、わかりやすいですね。
奥野 まだまだお金に対する誤解が日本では強い。しかし、時間をかけて公教育の中でソフトを変えていけば、子どもたちに正しいお金とのつきあい方をしっかりと教えていくことはできると考えているんです。
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