長期厳選投資が社会のためになるという確信――奥野一成(農林中金バリューインベストメンツ常務取締役兼最高投資責任者)【佐藤優の頂上対決】

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「経世済民」

佐藤 こちらに伺って同僚の方々を見ていて、すごくチームワークがいいように思えました。奥野さんにはカリスマ性がありますよね。

奥野 いえ、ないですけど(笑)。

佐藤 部下と付き合うコツってあるのでしょうか。

奥野 うちは農林中金の子会社のくせに、会社を作る時に設立趣意書を作成しました。設立趣意書の核をなすコンセプトが「経世済民(けいせいさいみん)」です。核は、50年前でも通じたし、50年後でも通じるような真理に根差したものであることが重要だと思っています。私にはカリスマ性はないです。だけど、私たちの長期厳選投資が社会のためになるんだ、絶対必要なんだという確信はある。そうしたコアがある限り、ボールを蹴り出したのは私だけど、あとは他の人がどんどん蹴っていってくれます。

佐藤 なるほど、わかります。

奥野 組織として考えているのは「シンプル&フラット」です。いろんなアイディアを吸い上げるには、とにかくフラットでないとダメ。しかもシンプルでないといけない。シンプル&フラットが、みんなと一緒にやるときに一番重要だと思っています。それと“人”が働くわけですから、もちろん人は大事です。うちの会社は、テレワークがこれだけはやっていても原則出社。ちょっと昭和的な感じですが、やっぱり人と人とが会う中で生まれる“熱量”が仕事には重要だと思っています。

佐藤 斎藤環さんという引きこもり問題の第一人者がいるのですが、この方が言うには、リモートでは熱量やオーラが伝わらないと。人と人が会うのはある種の暴力性があって、お互いにものすごく疲れることなんだと。だからこそ対面でやると、交渉もまとまることが多いし、互いの理解が深まるというんです。

奥野 その通りですね。テスラのイーロン・マスクが「出社しない場合は退職したものとみなす」的な発言をしたでしょう。「すげーな、イーロン・マスク」って思いました(笑)。

佐藤 わかっているわけですね。

奥野 ベンチャーであればあるほど、人と人とがけんかしあうぐらいの勢いでぶつからないと、いいものはできないんだと思います。

佐藤 企業経営の場合、利益さえ上がればいいんだとなってしまうと、どこかで成長の限界に突き当たる。ちゃんとした理念を持っていないと。だから、奥野さんのバランスはすごくいいなと思いました。

奥野 短期的に儲けるにはブラックに働かせればいいし、人をだませばいい。しかし、そんなことで儲かるのはたかだか数年。10年後20年後にもちゃんと利益を出そうとすると、顧客の問題や社会の問題を解決するんだというパーパス(目的)が必要です。それも“長期で”という一言をつけ加えるだけで見え方が違ってくるわけです。

佐藤 そこで長期的投資の基準についてですが、奥野さんは「付加価値の高い産業」「圧倒的な競争優位性」「長期的な潮流」の三つだと言う。特に「競争優位性」を重視していて、参入障壁があるかないかだと。

奥野 わかりやすい例でいうと、「規模の経済」というのは参入障壁を数学的に築いたやり方です。たとえばコカ・コーラという会社がありますが、コカ・コーラの向こうを張って炭酸飲料を作っても、普通は儲からない。なぜかというと、それはたくさん作れる人たちのほうが、単位当たりのコストを下げることができるから。ちょっと炭酸飲料を作ってみようと思っても、コカ・コーラに勝てるわけがないんです。そういう状態を築いているから、グローバルな製品で言うと、炭酸飲料はコカ・コーラかペプシかドクターペッパーしかありません。コカ・コーラは規模の経済に立脚した参入障壁を築いている。

佐藤 なるほど。

奥野 だから、私たちは企業を取材しに行くときに、来年の業績はどうなりますかみたいなことは絶対に聞かない。その企業について合理的な仮説を立てて、5年後、10年後の姿を推定できるか。そういったことのほうが目先の数字よりも大事です。企業について仮説を立てる時に、その根幹にあるのが参入障壁なんです。

佐藤 長期的な潮流を重視するというのも重要ですね。たとえば都心にたくさんタワーマンションが建っていますけども、素人目にも、今後の人口動態を考えた場合に、50年後どうなっているのかと心配になります。

奥野 私が「長期的な潮流」と言った時、まさに佐藤さんがおっしゃったように、人口動態が一番重要だと考えます。みなさん、「これからはAIです」とか「これからは自動運転です」とか言いますが、それで儲かるのは業者であって、投資家ではない。私が「長期的な潮流」と言うのは、たとえば世界の人口が現在の78億人から将来90億人になることです。今後、ますます中産階級が増えていく。中産階級になったら誰もが靴を履けるようになる。そうなると、人は健康で長生きしたいから、走り始めるようになる。先進国では10人に1人は健康のために走っているといわれています。そういう潮流が追い風となっているのがナイキという企業。だから、ずうっと利益が上がっている。儲かるのには仕組みがあるんです。そういうことをロジカルに考えられるかどうか。ロジックが成り立たなければ投資はしません。

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