長期厳選投資が社会のためになるという確信――奥野一成(農林中金バリューインベストメンツ常務取締役兼最高投資責任者)【佐藤優の頂上対決】
オーナーシップの大切さ
佐藤 それは日本的なセンスですか。それとも世界的にも同じような投資の文化があるんですか。
奥野 私たちの考えの根幹は、投資とはその会社のオーナーになるということです。この考え方を徹底して実践している一派が世界にはあります。その一派の巨人がウォーレン・バフェットです。バフェットのようなやり方で株式投資をしているという人たちは世界中にいますが、日本では少ない。日本人は株式投資をみんなギャンブルだと思っています。売り買いをして儲けることだと思っている。それは投資ではなく投機です。株式投資とは、いい会社のオーナーになることで、会社を通して世界もよくして、それによって投資した人もお金持ちになってハッピーになれるということです。それが資本主義の原理だと私は思っているんですけど。
佐藤 そうすると、農林中金とも考え方が非常に合うでしょうね。
奥野 農業とは、長期に投資していくということじゃないですか。種をまいて、水をあげて、時間をかけて、作物を育てる。そこに儲けの源泉があるという考えですよね。
佐藤 奥野さんの書かれた論考等を読んで感じたことは、非常に農本主義的な考えだなと。その哲学と非常に近いなと思いました。
奥野 その通りだと思います。投資はやはり時間がかかります。偉大な企業は一日にしては成りません。その偉大な企業の事業にリスクを取って投資していく。それが投資家としては、一番重要なところじゃないかと思いますね。
佐藤 なるほど。いま、やられているお仕事について、読者のみなさんに簡潔に説明していただけますか。
奥野 世界中から優良な企業を選りすぐって株式のファンドを作り、企業や一般の投資家の方々に買ってもらうということです。株式のファンドを作る際には、一言で言えば「売らなくていい会社の株しか買わない」ということですね。
佐藤 だから株を買って企業価値が上がったら、すぐ売り抜けてしまうというような発想ではない。
奥野 時間をかけて、その企業の成長を楽しむということです。企業の利益が上がっていけば株価はついてくる。投資してくれた方々の資産も増えるので、何度も売り買いしなくていいという発想です。
佐藤 その発想は、日本人の持つ投資に対するネガティブな先入観とは全く違う。すごく重要なことです。
奥野 日本人には“オーナーシップ”を持って株式を保有するという概念がもう少し必要だと思います。日本の教育では、いい高校、いい大学、いい会社に入って“働きましょう”という労働者のマインドセットしか教えない。でも資本主義の参加の仕方は、労働者として参加するやり方もあれば、オーナーとして参加するやり方もある。あとは働きながら株を所有してオーナーになるという、三つめの参加の仕方もあるわけです。にもかかわらず私たちは“労働”という選択肢しか教わってこなかった。そこが問題ですね。
佐藤 日本ではある時期まで、マルクス経済学が強かったけれど、『資本論』の読み方が誤解されているんです。実は、あの本は資本家見習い向けのものなんです。擬制資本という、要するに有価証券のように持っているだけで勝手に増える資本を持つことが資本主義の完成形態だと書かれている。奥野さんの考えは、マルクス経済学とも合致します。マルクスを読むと、資本主義の強さがよくわかります。
奥野 結局、資本主義がなければ、ここまで社会が豊かにはならなかったと思います。
佐藤 投資家として長く付き合うということは、たとえば、「3M」だったら「3M」との関係で、向こうにも一種の化学変化が生じてくるでしょうね。向こうの人たちも、奥野さんたちのチームの提言を聞くことによって、気付きを得ることが多いのではないかと思います。
奥野 ただ、世の中にはそういうことをわかる会社とわからない会社があるんです。「3M」の何がすごいかというと、“誰が言っているかより、何を言っているのか”にこだわるんです。たとえば日本の大企業に行くと「あなた課長ですよね、あなたは部長ですよね」と肩書からものごとがスタートする。「もっと偉い人が出てこないと、こちらも偉い人に会わせない」みたいな感じです。だけど、「3M」は違います。IR(投資家に事業内容を説明する部門)の担当者と私たちがディスカッションをしていて、「今度ミネソタの本社に行こうと思っている」と話すと、「わかった。インゲ・チューリンに準備させておくよ」と言う。「インゲ・チューリンって誰だ? 社長(当時)じゃないか」と(笑)。必要であれば、いきなり10兆円企業の社長が出てくる。
佐藤 私もモスクワにいた時は2等書記官だし、東京に戻ってきたら平の事務官だったわけですけど、話している内容が面白いとなると、モスクワだと第1副首相とか、大統領副長官とかに会える。
奥野 人を見るというのはそういうことだと思います。
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