訪韓したペロシとの面談を謝絶した尹錫悦 中国は高笑いし、米国は「侮辱」と怒った

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社説から消えた「面談謝絶問題」

――米国がこれだけ怒った。韓国の保守はさぞかし強烈な政権批判に乗り出したでしょうね。

鈴置:私もそう思いました。ところが予想ははずれました。ほとんどの保守系紙は「面談謝絶による米韓関係の悪化」から目をそらしたのです。

 朝鮮日報は8月5日、前日に引き続いて社説で「ペロシ訪韓問題」を取り上げました。「米ペロシ議長への『儀典なし』で露見した韓国政治の実相」(韓国語版)です。

 ただ、その批判の矛先を大統領が米下院議長と会わなかったことには向けませんでした。空港に要人が出迎えに行かなかったこと、さらにはその責任を外交部と国会が押し付け合っていることに批判を絞ったのです。

 これらも問題ではありましょうが、米国との同盟に亀裂が入ることの方が韓国にとって比べようもなく重大なのは間違いありません。

「面談謝絶問題」を避けたのは東亜日報も同様でした。社説「尹大統領がペロシ氏と電話会談、儀典混乱を露呈した『中枢国家』外交」(8月5日、日本語版)も、大統領が面談するかどうかで揺れに揺れた政府のブレへの批判に終始したのです。

 保守系紙がこんな姿勢ですから、左派系紙は推して知るべし。ハンギョレの社説の見出しは「尹大統領―ペロシが通話、混線を加速した右往左往外交」(8月4日=紙面は8月5日付、韓国語版)。

 キョンヒャンの社説は「ペロシ訪韓を巡る『右往左往外交』と未熟な対応」(8月4日=紙面は8月5日付、韓国語版)。左派系紙も、尹錫悦政権の腰の定まらぬ態度を攻撃の的としました。

 結局、大手紙で「面談謝絶」を社説で批判したのは中央日報だけ。「尹錫悦政権も中国を意識するという点で文在寅政権と変わりないという批判を逃れないだろう」と訴えた「同盟強化を叫んでペロシ議長に会わなかった尹大統領」(8月5日、日本語版)が、ひとり気を吐いたのです。

「台湾」に巻き込まれるな

――保守系紙はなぜ、腰くだけに?

鈴置:朝鮮日報の論説委員会も「面談はしなかったが、電話で話したから米国への言い訳はできた」くらいに考えた――あるいは考えたかったのでしょう。

 電話協議しようが実際には米国は怒っている。でも、だからと言って中国と全面対決しよう、と呼びかけるほどの覚悟は保守にもないのです。

 韓国人は誰しも内心では「中国には逆らえない」と考えている。ただ親米保守の人々は、そう言えば米国との関係が悪化するので口にはしなかった。でも、保守の中国への恐怖心も限界に達し、噴き出たのです。 

――なぜ、今になって「恐中病」の症状が現れたのですか?

鈴置:中国封じ込めに乗り出した米国が、韓国に次々と踏み絵を迫っています。中韓が結んだ「3NO」を破棄して日米韓の合同演習に参加せよ、半導体分野での中国包囲網「chip4」に加われ……(「尹錫悦の『従中』に怒りだした米国 『合同演習』に続く踏み絵は『半導体同盟』」参照)。

 米国の言うことを聞けば、中国から激しく報復されることばかり。そのうえ、今度はペロシ訪韓。「台湾問題で中国と向き合え」との踏み絵でした。

 韓国人とすれば、「これだけ中国との摩擦を抱えているのに、台湾の面倒まで見ていられないよ」と叫びたい心情なのです。証拠があります。

 東亜日報の8月4日の社説「ペロシ氏の台湾訪問で一触即発の米中、試される韓国の外交手腕」(日本語版)は、一口で言えば「台湾問題に巻き込まれるな」との主張でした。

 日本では「台湾が中国に侵略されれば、次は日本だ」との危機感が高まる。でも、韓国人にとって「台湾」は人ごとなのです。

「韓国民主化」の虚実

――台湾が中国に吸収されれば、民主主義国家がひとつ減ります。

鈴置:韓国人はそれを気にしないのです。

――なぜでしょうか。韓国は民主主義国家ではないのですか?

鈴置:韓国人は「日本以上の民主主義を実現した」と自慢します。確かに1987年6月に民主化したことになっていて、拷問も新聞への検閲もなくなった。

 しかし、未だに三権分立を確立できない。大統領が変われば判決も変わります。指揮権発動も平気でやります。警察も検察も政権の使い走りなのは、軍事独裁政権の時代と同じなのです。

 ロシアがウクライナに侵攻する直前、大統領候補だった尹錫悦氏は侵略を牽制せず、もっぱらロシアでの経済的な利権を失うことを懸念しました。

 韓国は本当の――西欧や日本のような民主主義国家にはならない、というのが私の見立てです。韓国人が聞けば怒るでしょうが、近著『韓国民主政治の自壊』で縷々、説明しました。

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