「雪女と蟹を食う」は欲望と絶望が匂いたつ大人のドラマ グルメ、旅行要素も丁度いい

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 気のせいかしら、今期は各局で「性と生」を描く作品がちらほら。生は言い換えれば「死」なのだが、「うそと罪をなかったことにして美化するような忖度美談」はひとつもないので、ひと安心だ。この1カ月は「エロス&タナトスドラマ強化月間」にしようと心に決めた。

 第1弾はタイトルからしてそそるドラマを。冒頭で主人公が死のうとするも実行できず。自暴自棄になって人妻を襲うという、なかなかに最低なはじまり。「雪女と蟹を食う」である。ファンタジーかと思いきや、欲望と絶望が匂いたつ、爛れた大人のドラマだった。大好物ですよ、こういうの。

 主人公を演じるのは重岡大毅。ジャニーズタレントの中でも最も歯の数が多い(気がする)。歯の見せ具合で、屈託のない善人や優しいお人よし、後悔や嫉妬を抱えた人などを器用に演じ分けることができる。今回は自殺願望があるものの、それをはるかに超える性と生への執着を捨てきれない、という難しい役どころだ。

 命を絶とうとした理由は、痴漢の冤罪で仕事も婚約者も失ったこと。完全に自暴自棄。ふと、テレビで観た映像で「蟹を食べたことがない」と気付く。死ぬと決めているのに、人妻デリヘルやら蟹やらジンギスカンやらと、欲求が増大していく。その生臭さがいい。

 そんな不穏な精神状態のときに遭遇したのが、裕福そうな人妻(入山法子)だった。彼女の左の薬指には高そうなダイヤの指輪。奪えば金になると考えた重岡は後をつけて、彼女の自宅へ押し入る。ところがだ。逆に三つ指をつかれて、指輪は渡せないが、他の指示には従うと言われる。しかも自ら服を脱いで。そりゃ当然致すわけですよ。

 抵抗どころか謎の大歓迎、コーヒーまで入れてくれる入山に、重岡は己の短絡的な蛮行を泣きながらわびる。冒頭の自殺未遂といい、この謝罪といい、重岡が実にいい表情を見せた。見せたが、あれ? 既視感……と思ったら、号泣会見の野々村竜太郎に酷似。どちらも迫真の演技だったなぁ。

 入山も、謎の人妻・年下転がしがしっくり。志尊淳を転がした「きみはペット」(2017年)が好きだったな。入山のエリートっぷりが、わりとリアルだったし。

 野々村と志尊はさておき、ふたりは蟹を食べに北海道へ向かう。都合よすぎる展開だが、「ちむどんどん」のような雑なご都合主義ではない。死を望む一方で迷いが生じる男と、刹那の享楽を求める女の逃避行が案外面白いのだ。互いに引かれて肉欲を貪り合うが、どうやら入山にも死と絶望のニオイが。謎も多いが、入山の言葉の端々には、女の切実な本懐を感じる。

 この逃避行には、テレ東が得意とするグルメ&旅愁をまぶしてある。第2話では栃木の日光・中禅寺湖、福島の会津若松、第3話では山形の銀山温泉へ。行きたい・食べたいと思わせる作為的な映像もさりげなく挿入。人間ドラマとの割合も二八くらいで丁度いい。

 北へ向かうふたりは無事に蟹を食えるのか。享楽の果てにあるのは、希望か、地獄か。興味深い作品だよ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年8月4日号掲載

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