ロシアは「ガス」を武器として使えない事情 日本はEUの失敗に学ぶべき

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ガスを「武器」として利用できないロシアの事情

 ロシアの軍事侵攻に充てられる資金を削減するため、EUは「ガスのロシア依存度を今年中に現在の水準の3分の1にまで縮小し、2027年にロシア依存から脱却する」ことを決定している。EU最大のロシア産ガス需要国であるドイツも「2024年夏までにロシア産ガスの輸入シェアを1割にまで下げる」と宣言している。最初にガスを「武器」に使ったのはEUの方なのだ。

 歴史を繙けば、EUは1970年代の石油危機をロシア産天然ガスをパイプラインで調達することで乗り切った。自らのエネルギー安全保障が向上したのはもちろんのこと、当時のソ連との関係も大幅に改善するとの副産物をもたらした。まさに「一石二鳥」だったわけだが、ウクライナ危機で事態は一変、「ロシアはけしからん」という感情論が席巻したことが災いして、EUのエネルギー安全保障の基盤は根底から覆されることになってしまった。「長期的なガス供給を保証する」という建設的な関係をEUがロシアに先んじて破壊してしまったのが実情だ。EUが「ロシアがガスを『武器』として使っている」と主張するのは「先に攻撃を仕掛けた自分に対してロシアが仕返しするのではないか」という被害者意識のあらわれのように思えてならない。

 あまり知られていないが、ロシアにはガスを「武器」として利用できない事情がある。

 今年1月から5月までの旧ソ連構成国以外の天然ガス輸出量は前年に比べて28%急減しており、ガスプロムは創業以来、最悪の危機に直面している。ガスプロムが欧州への輸出分の減少を補うため、ロシアは中国へのパイプラインによるガス輸出を必死になって増やそうとしている。ロシアと中国をつなぐガスパイプライン(シベリアの力)の年間輸送能力は380億立方メートルだ。その輸送能力を100億立方メートル上積みするとともに、モンゴルを経由する新パイプライン(シベリアの力2、輸送能力500億立方メートル)を急いで着工しようとしている。これらパイプラインの合計の輸送能力は980億立方メートルとなり、ロシアからの昨年の欧州へのガス輸出量(1550億立方メートル)の3分の2となる計算だが、パイプラインの整備には時間を要する。中国を始めアジア地域へのガス供給が計画通り進まなければ、ガスプロムの経営状態は現在以上に深刻になるのは間違いない。ロシアはガスを「武器」として使う余裕などないのだ。

 日本もサハリン2を巡りロシアとの関係が取り沙汰されている。ロシアが6月下旬に大統領令でサハリン2の運営を新会社に移管するよう一方的に通告してきたからだが、日本政府は権益維持を目指す方針を固め、現在の運営会社(サハリンエナジー)に出資している日本の企業(三井物産(出資比率12.5%)、三菱商事(10%))に新会社移行後も株主として残るよう打診した(7月16日付日本経済新聞)。

 日本にとってサハリン2は特別な存在だ。日本が輸入しているLNG代金の3分の1を輸送費が占めるが、目と鼻の先にあるサハリン2のLNGの輸送費は他の地域から輸入されるLNGと比べ格段に安い。LNG価格が高騰を続ける中、サハリン2のLNGの日本にとっての価値は高まるばかりであり、その確保は最優先事項だ。

 EUの失敗を教訓に、日本は感情論に流されることなく、エネルギー安全保障の観点からロシアとの関係を冷静かつ適切に保っていくべきだ。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部

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