秋葉原無差別殺傷事件・加藤智大が語っていた“異様な”家族との「食卓の様子」

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 法務省は「秋葉原無差別殺傷事件」加藤智大の死刑を執行したと発表した。同事件は14年前の2008年6月8日、東京・秋葉原路上をトラックで暴走、通行人をはねた後、ナイフで刺し、男女7人を殺害したというもの。当日は日曜日で、あたりは歩行者天国、昼過ぎの秋葉原は賑わっていたという。

ナイフを逆手に持ち

〈背後で、すさまじい音が響いた。振り向くと、歩行者天国の切れ目の交差点に突っ込んできた2トントラックが次々と歩行者をはね飛ばしていた。/交差点を50メートルほど行き過ぎて止まったトラックから、ベージュのスーツを着た男が降りてくるのを見た。手にナイフを握っていた〉

 翌9日付けの朝日新聞夕刊は、目撃者の証言を紹介。まさに「地獄絵図」が展開していた。

〈男は近くにいた男女数人を次々に刺すと、人をはねた交差点に向かって駆け始めた。/倒れた人たちに馬乗りになり、逆手に持ったナイフを何度も振り下ろした〉

 その場で警察官に取り押さえられたのは、加藤智大。青森県出身の25歳、派遣会社員の男だった。ネットに「秋葉原で人を殺します」と書き込んだ上での凶行だった。

〈人を殺すため秋葉原に来た。世の中が嫌になった。生活に疲れてやった。誰でもよかった〉(逮捕時の供述)

 公判で注目されたのは、加藤自らが証言した「母親との関係」だった。加藤の母親は教育熱心で、加藤は地元・青森でも評判の高い進学校を卒業していた(以下、引用は長谷川博一氏『殺人者はいかに誕生したか』より。適宜、句読点を補った)。

 弁護人が「小学校の頃の母親とのエピソード」を問うと、加藤はこう答えている。

加藤:お風呂で九九を教えてもらいました。湯船に入っている間に暗唱しなさいと言われました。

弁護人:お母さんも一緒にお風呂に入っていたのですか? 嫌な記憶はありますか?

加藤:間違えるとお風呂に沈められました。頭を押さえつけられて沈められました。

弁護人:沈められているときにどんな言葉をかけられていましたか?

加藤:笑われていました。

弁護人:お母さんは、ふざけて沈めていたのでしょうか?

加藤:苦しくなるまで沈められていたので、ふざけていたということはないです

 加藤が耐え切れずに泣くと、「口にタオルを詰められて、その上からガムテープを貼られたりした」、「泣くたびにスタンプをカードに押されて、それが10個たまると屋根裏部屋に閉じ込められた」などと、続けて証言。さらに「家族の食卓の様子」について加藤が記憶をたどり述懐すると、法廷は一種言われぬ雰囲気に包まれる。

加藤:家族との食事は会話がなかった上、三人で黙々と食べていただけです。私は食べるのが遅いので、食べきれなかったのを新聞の折り込みチラシにぶちまけられて、食べさせられました。食事の量も多くて、必死で食べました。

「いい子」を演じて

 母親の厳しい指導が実ったか、中学時代の加藤は成績優秀だった。ところが、公判では次のように明かしている。「詩や作文が高く評価された」のには、相応の理由があるというのだ。

〈(詩や作文は)私が書いたものではなく、母親が手を入れたり、母親がほとんどやったりして、私の名前で出しました〉

 こうした母親の「干渉」は、細かく、かつ多岐にわたった。「小学校に来ていく服はすべて母親に決められていた」「高校は自分の希望を変更し、母親の母校に進学」「あの子と付き合うのは止めなさいと、交際を禁止された」など、ひとつひとつの行動に「レール」が敷かれていた。そして加藤もまた、母親の要求に、愚直に答えようとするのだった。

 加藤は事件後、獄中で、被害者に向けて謝罪文を書いている。その中で、自らの「子供時代」について、こう吐露していた。

〈私は小さな頃から「いい子」を演じてきました。意識してやっているわけではなく、それが当たり前でした。今ではそれがおかしなことであることはわかっていますが、「いい子を演じない自分」を意識しないと本当の自分が出てこない、という倒錯した状態になっています〉

 母親の期待を一身に、入学した高校だったが、成績は伸び悩む。4年制大学への進学をあきらめ、加藤が進んだのは、遠く、岐阜県内の短大だった。卒業後はアルバイトや派遣でつなぎ、秋葉原での事件発生時、働いていたのは静岡県内にある自動車整備工場だった。「時給は1300円」と、当時の報道にはある。

 2015年2月、死刑確定。その7年5カ月後の執行となった。事件後、マスコミに囲まれ、泣き崩れ謝罪を口にした母親は、その後、「心を病んで入院した」とネット上でうわさになった。が、真偽のほどはわからない。

 事件後に明らかになった、加藤の生育環境の凄絶さ。こうした生い立ちが犯罪を正当化するものでないことは言うまでもなく、起こした事に対する結果責任は免れない。

 加藤は先の被害者宛ての謝罪文の中で、「死刑」についてこう記していた。

〈死刑は5分間の絞首だと聞いています。実際には、1分もあれば死ねると思います。皆様に与えた苦痛と比べると、あまりに釣り合いませんが、それでも、皆様から奪った命、人生、幸せの重さを感じながら刑を受けようと思っています〉

デイリー新潮編集部

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