「拾われた男」は役者陣とセリフが絶妙 「女たちが主人公を甘やかさない」のもポイント
自販機の下に落ちていた航空券を拾って、うっかり運が開けた俳優・松尾諭。「SP」「深夜食堂」「デート」「相棒」「やじ×きた」「ムショぼけ」……この十数年、顔を観ないクールはないと言ってもいい活躍っぷり。たとえ1話ゲストであっても、「モテない・冴えない・報われない男」として、強烈な印象を残す。諭はサトシじゃなくてサトル。そんな諭が己の来し方を書いた自伝風エッセイ『拾われた男』がドラマ化された。諭を演じるのは仲野太賀。こぎれいだが、ふてぶてしさと愛嬌のハイブリッドを完コピ。唇と口輪筋に「諭」感あり。
原作本は発売後すぐに買って読んだ(文庫版では巻末に高橋一生が寄稿したと知って、歯ぎしりしたが)。この本、実は私が好きな要素がぎゅっと詰まっている。関西で育った人の飾り気のなさとおおらかさ、ちやほやされることなく辛酸をなめた役者の苦労話、そして、変わり者というか、ふがいないきょうだいの話。この3要素がそろってるんだから、そりゃもう大好物ですよ。
ドラマもね、役者陣がいい。たとえワンシーンでも、セリフが一言でもいい。細かいところですごくいい。慧眼の同級生に片山友希、その母でうどん屋のおばちゃんに高田聖子(しょうこ)、大阪の劇団の姐さんに川面(かわも)千晶、戦争映画の撮影で熱を帯びた演出をするスタッフに山中崇(しかもなぜか感涙)、そして原作にも出てきた林さんに水澤紳吾。瀕死の日本兵の役作りをしていったものの、試写を見たら画面のどこにも映っていなかったという悲しきエピソード。私の夫は元役者なので、この手の話はよく聞かされたし、出演した映画で夫の姿を血眼で探した経験もあるから。ドラマも映画も、画面に映らないところに物語がある。
おっと、感情的に暴走しちゃったけど、あらすじを。太賀演じる松戸諭は、漠然と役者になろうと兵庫から上京。モデル志望で先に上京していた友人の杉田(大東駿介)の部屋に転がり込む。幸運にもモデル事務所の社長(薬師丸ひろ子)に拾われて、役者の道へ。バイトとオーディションに明け暮れ、恋に破れ、美人女優の付き人にもなり、それでも父親(風間杜夫)には役者稼業を認めてもらえず。実は兄(草なぎ剛)も、同時期になぜか渡米。原作通りにいけば、のちに家族の物語も描かれるはずで、たぶん太賀の熱演に泣かされるだろうなという予感もある。
が、現段階では売れない役者の青春コメディー。適材適所のキャラも立ってて、心躍る。バイト先のバイトリーダー(安藤玉恵)や、ロマンポルノ好きなオタク女子(北香那)は絶妙。あの頃のバイト先にはこういう人いたいた!と膝を打った。
もうひとつ、気持ちよく観ることができるのは、女たちが手厳しいところかな。主人公を甘やかさない、ちやほやしないところがいい。原作で「冷淡で鋭利な視線のマネージャー女史」とあったが、鈴木杏が見事に体現していて大笑いしたわ。
役者の自伝と聞いて、自己陶酔気味な「俺のサクセスストーリー」や「俺の役者論」を想像した人、これは全然ちゃうで。おもろいで~。