新自由主義の中で働く人の「心」に何が起きているか――東畑開人(白金高輪カウンセリングルーム主宰)【佐藤優の頂上対決】
グローバリズム、新自由主義、そしてデジタル化。激変する外部環境に対応するため、これまで企業は組織を作り変え、働き方を多様化させてきた。ではその変化は、働く人たちにどんな影響を及ぼしたのか。気鋭のカウンセラーが語る、競争に支配された現代人の心の在りようと時代を生き抜くヒント。
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佐藤 このコーナーでは主に経営者の方々にご登場いただき、これから日本がいかに生き残っていくかについてお話しいただいています。みなさん、グローバリズムと新自由主義の只中で懸命に舵取りをされているわけですが、それでは、その中で働く人たちはどんな状況にあるのか。それが知りたくて、本日はカウンセリングルームを主宰されている東畑さんにお越しいただきました。
東畑 ありがとうございます。
佐藤 最近は、一貫して「心が消えた」というテーマで著述活動をされていますね。
東畑 新自由主義改革が進んで、世の中全体がマーケット化されていく時代に心理士になりました。人々がバラバラになっていくのに、個々の心のことを考えるよりは、マーケットでどう勝つかを優先する感性が時代を覆っている。そういうことに危機感を抱いていました。
佐藤 そうした個人を「小舟」と表現されています。
東畑 人生の航海を小舟で行っていくというイメージです。マーケットに放り出されて、僕らは働くことを「小舟」でやりくりしていかないといけません。自由になって何をしてもいいけれども、何をすればいいか、わからない。それは小舟で「夜の航海」に出ているようなものだと思うのです。
佐藤 かつては会社という大船が個人を守ってくれていました。
東畑 会社だけでなく、学校やさまざまな組織、業界といった共同体があり、それらが個人の人生を守ってくれた。でもそうした中間団体はどんどん解体されていったんですね。
佐藤 働き方改革で、自身で働く時間を決めたり、副業をしたりできるようになったことも、逆から見れば、すべて自分で考えなくてはいけなくなったわけで、まさに小舟化を推進していることになります。
東畑 働くことから、「いる」がなくなったといえるかもしれません。職場はもはや「いる」を保証してくれず、起業したり、転職したり、副業をしたりと、労働者自身が一カ所に留まらない動きをするようになった。安定感がなくなったということです。
佐藤 東畑さんはこうした傾向が1995年以降に生まれたと言われていますね。
東畑 新自由主義が世界を覆っていく中で生じたことですが、日本で見ていくと、1970年代までは政治の季節で、全共闘など学生運動が盛り上がっていました。それが挫折した後に、内面に注目していく時代が訪れます。その代表は村上春樹さんでしょう。自分の心の奥には何かがあり、それを見つけに行くような物語にみんなが共感した。心理学だと、河合隼雄さんが注目された時期に重なります。
佐藤 社会に余裕が出てきた時代でもあります。
東畑 京セラを作った稲盛和夫さんに『心。』という本があります。この心は「商人道徳としての心」なんですね。たぶん江戸時代の石田梅岩(ばいがん)の石門(せきもん)心学の流れだと思いますが、「倫理」に近い。かつて日本人にとって、心とはそうしたものでした。でも1970年代になって「プライベートな心」が出てくる。
佐藤 プライベートはパーソナルと違い、ラテン語では「プリヴァーレ」です。囲い込むとか排除して自分のものにするという意味合いで、完全な自己決定権がある領域です。
東畑 それが1995年にオウム真理教の事件が起きて、内面を見るのは危険じゃないかという雰囲気が醸成されます。同時に世界を新自由主義が覆う中、日本では不況が続き、やっぱり経済が大事だね、ということになる。そして2000年代になると、プライベートな「私って何だろう」という問いは消えていき、とりあえず食えるのが大事だとなっていきました。
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