なぜいまワープロが密かなブーム? 「インターネットにつながらない」がメリット(古市憲寿)

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週刊新潮」を読んでいたら不思議な広告が目に飛び込んできた。「ワープロ販売」「送料無料」というものだ。しかも1992年とかではなく、2022年7月の最新号。この時代にワープロ? 2000年代初頭に全てのワープロ専用機は製造を中止しているはずだ。

 どういうことかといえば「再生ワープロ」なるものが静かなブームらしい。定期的に新聞広告も出しているようだから、商売として成立しているのだろう。

 再生ワープロ、広告によれば高いもので7万円、安いもので2万8千円。有名メーカーの格安パソコンが十分に買える値段だ。しかも今は「Google Docs」など無料で使えるワープロソフトもたくさんある。

 それなのに、なぜ2022年にワープロを買う人がいるのか。そういえばキングジム社のポメラというテキスト入力機が一時期人気だった。スマホより一回り大きく、開いたらすぐにキーボードで文字入力ができるというのがウリだった。

 ただポメラにしても、ノートパソコンやスマホで用が足りそうだ。600gを切る軽量のパソコンもある(ちなみにワープロって重いですよね)。スマホにキーボードを接続することもできる。

 当時、ポメラ愛用者が言っていたのが「インターネットにつながらないのがいい」。ブラウザやメールアプリが搭載されていないので、文章作成に専念できるというのだ。

 確かに現代人が集中するのは難しい。人々は日々、おびただしい数のメールやLINEなどの通知に追われている。ブラウザを開けば、ホラン千秋が世界のiPhoneの価格に驚いたとか、若槻千夏のパック姿に反響とか、心からどうでもいいニュースがたくさん。

 デジタルデトックスが流行しているが、本当に全てのデジタルを手放すと仕事にならない。だからポメラに愛用者がいたのもわかる。

 同じようにワープロも、「文章しか書けない」というのが魅力なのだろう。プリンター機能まで搭載されている。簡便で、全てが一台で済む。実は最近のパソコンは、開けば使えるくらい簡単になっているが、それでも「アカウント登録」などいくつか煩雑な作業がある。

 100年前の人からすればパソコンやスマホは夢のような機械のはずだ。文章が書けるのはもちろん、絵も描けるし、ゲームもできるし、ご飯の配達も頼めるし、他人の悪口に夢中にもなれる。だが、何でもできるがゆえに、何もできない(と感じる)人が出てきてしまう。

 ベストセラー『スマホ脳』では、スマホの画面を白黒表示にすることが勧められていた。「色のない画面のほうがドーパミンの放出量が少ない」というのだ。技術革新によって迎えた便利な世界で、一部の人類はわざわざ不便さを求めるわけだ。

 ちなみに僕は、現代人は注意散漫でもいいと思っている。こうして文章を書く時にも1分おきにスマホを見てしまう。なぜなら時に思いもよらない発見があるから。今は「デイリー新潮」で、「中森明菜は今、どうしているのか」を読んでいる。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年7月21日号掲載

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