2人のエリート官僚が主人公、「島守の塔」は異色の戦争映画 監督が「沖縄戦は終わってない」と気づいた瞬間
コロナ禍で撮影中断
――そういえば映画「出口のない海」（2006年公開）で市川海老蔵が演じた主人公も野球に情熱を燃やした男の戦争悲劇でした。沖縄戦の牛島満司令官については「部下たちの降伏を許さず住民の犠牲者も増やした」と否定的評価が強い。最後に自決したとされる地下壕にも否定的な内容の説明書きがあった気がします。
五十嵐監督：牛島は教育者としては非常に優れた人だったようです。満州時代から知る島田を沖縄県知事に推薦したのが牛島でした。次第に島田と対立するところは、映画でしっかり描きました。実は、島田についても「鉄血勤皇隊（14～17歳の兵士）のため学徒の名簿を軍に提供した島田知事を評価するのはおかしい」との批判もあるんです。しかし、沖縄の人々は島田への恩義を感じているからこそ、立派な塔を建てたのだと思いました。
――ところで島田知事の側近職員で吉岡里帆さんが熱演していた比嘉凜は実在人物ですか。
五十嵐監督：県庁職員ではありませんでしたが、近いモデルがいます。デパートの化粧品売り場に勤めていた19歳の女性でした。県防空監視本部でも働き、後に島田と行動を共にします。島田に「絶対に生きるんだぞ」と言われていたことで、土壇場で自決を思いとどまったことを話していたそうで、あれは事実だったのです。当時「生きて虜囚の辱めを……」などのスローガンで「捕虜になる前に自決しろ」としていた戦前の皇民化教育は内地よりむしろ沖縄の方が厳しく教育されていました。
――米兵は声しか出てきませんね。製作のご苦労や視聴者への期待を聞かせてください。
五十嵐監督：沖縄県公文書館や新聞社を訪ねて沖縄の戦闘場面の記録実写映像を探しても、撮影の余裕などなかった日本側のフィルムは皆無に近く、すべて米国の資料を借りなくてはなりませんでした。苦労したのはコロナです。クランクイン後、1年8か月も撮影が中断しました。普通なら製作中止です。そうでなくても人気俳優は予定が詰まり交代せざるを得なくなる。ところが島田叡役の萩原聖人さんや荒井退造役の村上淳さんらは「戻ります」と続けてくれ、比嘉凜役の吉岡里帆さんは「お待ちします」と言ってくれました。本当に感謝しています。
ウクライナで民間人が製鉄所の地下に逃げ込んだニュースを見ると沖縄のガマとダブります。
過去の歴史からなにも学んでいない人間の愚かしさと悲しさを感じます。
沖縄戦などさっぱり知らない若者がどう見てくれるか。まずはひめゆり平和祈念資料館で涙を流した女子高生に見てほしいですね。
「時間が過ぎても忘れてはならないこと」
映画では「唯一の地上戦」という字幕が出る。五十嵐監督を取材中、筆者は反論した。「唯一、地上戦があった沖縄、というのは間違いです。樺太（現ロシア・サハリン島）ではソ連軍の侵攻で、実際日本軍が戦っています。当時は日本だったわけですから」と。
五十嵐監督は「いつ頃ですか、どのくらいの戦争があったのですか？」などと、こちらに熱心に尋ねて考え込む様子を見せた。女優の岡田嘉子さんが戦前、共産主義者の恋人と北緯五十度の国境を越えてソ連へ渡ったのは有名だ。その国境付近でも激しい戦闘があり、筆者もかつて、塹壕跡や旧ソ連兵を取材したことがある。とはいえ「（第二次大戦で）国内で唯一の地上戦があった」は沖縄戦の表現として当然のように使われており、致し方ないかもしれない。真剣な顔で聞いていた五十嵐監督は実に誠実な男だと感じた。
広報資料によれば、萩原聖人さんは「東日本大震災を知らない世代がいるように、時間の流れは早く、次の時代を作っていきます。この作品で語られていることは僕自身も知らないことが多かったです。どんなに早く時間が過ぎても決して忘れてはならないことが描かれた映画です」などと話し、村上淳さんは「この作品に参加できたことを誇りに思います。五十嵐監督の優しい執念に守られた作品だなとおもいます」と話している。
晩年の比嘉凛を演じた大女優、香川京子さんは70年近く前の1953年、「ひめゆりの塔」（今井正監督）にも出演している。
7月22日よりシネスイッチ銀座で公開。8月5日から沖縄、兵庫、栃木。その後順次全国で。
