審判に抗議して選手が2時間半も座り込み 「夏の甲子園」地方予選であった驚くべき珍事件
ラグビースコア並みの大量リード
夏の甲子園大会も今年で第104回目を迎えるが、黎明期の高校野球は、グラウンドでプレーする選手もスタンドで応援するファンも飛び切り熱かった。
大正時代から昭和初めにかけての地方予選では、地元チームが形勢不利とみたファンが用水の堤を切り、グラウンドを水浸しにして試合中止に追い込んだり、贔屓のチームの敗戦にショックを受けた熱狂的なファンが包丁で割腹自殺する事件まで起きた。それ以外にも、令和の世では信じられないようなまさかの出来事がたくさんあった。戦前から昭和20年代にかけて、地方予選で本当にあった3つの珍事件を紹介する。【久保田龍雄/ライター】
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ラグビースコア並みの大量リードの試合に興趣をそがれた球審が、リードしているチームに「真ん中に投げろ」と指示したのが、1934年東北大会決勝、福島師範対平商である。
福島県予選を勝ち抜いた両校は、東北大会でも山形、宮城の代表校を撃破し、甲子園出場をかけて決勝で激突した。福島県下ナンバーワンのチーム力を誇り、東北大会でも2試合連続二桁得点で圧勝した福島師範に対して、東北大会2試合のいずれも1点差勝ちだった平商とでは、明らかに実力差があった。
初回に本盗で1点を先制した福島師範は、2回も2死から幸運なイレギュラー安打を足場に、暴投、四球でチャンスを広げると、9番・吉田のタイムリー、1番・阿部の左中間2点三塁打に敵失も絡め、一挙6得点。3回に5点、4回にも4点を加え、16対0の大差をつけた。
「カーブを投げさせないで、真ん中に投げさせろ」
事件が起きたのは、4回裏の平商の攻撃が始まる直前だった。かつて早大の強打者として活躍した河合君次球審が福島師範のベンチに歩み寄り、国井監督に言った。
「試合は16対0のワンサイドゲームだ。少しも面白くないではないか。私だって面白くない。こんなに集まった観客の身にもなってくれ。福師の勝利は確定的だ。だから、投手にカーブを投げさせないで、真ん中に投げさせろ。少しは平商に打たせて、守備の稽古でもしたらどうだ」
思いもよらぬ申し出に面食らった国井監督だったが、「もっともな話だ」と思い直し、バッテリーに全球直球を真ん中に投げるよう指示した。いかにも大らかな時代ならではのやり取りである。
とはいえ、平商も東北大会決勝まで勝ち進んでくるほどのチーム。先頭の4番・森が四球で出塁したあと、鈴木、赤坂の連続中前安打で、あっという間に無死満塁となった。
福島師範のエース・吉田も、さすがに「これはまずい」とカーブを封印し、森下を遊ゴロに打ち取ったが、この間に平商はようやく1点を返した。試合は福島師範が29対1の歴史的大勝で甲子園初出場を決め、平商は河合球審の“武士の情け”により、完封負けを免れた。
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